クラフトビールの都

 南島のタスマン湾の東側に位置するネルソン。アベルタスマン国立公園に隣接するこの街は、人口約四万人、年間二四〇〇時間の日照時間を誇る「NZで最も晴天率の高い地域」として人気のリゾート地だ。普段は静かなこの街も、夏のホリデーシーズンになると、ゴールデンベイやカイテリなどの美しいビーチへ、地元キーウイはもちろん海外からの観光客が多く訪れる。
 このネルソンが、旅行者のバイブルとして知られている『ロンリープラネット』の最新版で、「クラフトビールの首都」として紹介された。NZといえばワイン造りが有名だが、ビールの年間国民消費量は一人当たり七五・五リットルと、ビール大好き国民でもある。
 特にこのネルソン地域は、良質な水に恵まれ、ビールの原料ホップのNZ唯一の生産地で、この地元で採れるホップや大麦を原料にしたクラフトビール造りが、ファミリービジネスとして長く続けられている。
 ネルソンのクラフトビール造りの歴史は意外と古く、一八四〇年代、英国とドイツからの入植者が、ホップの種を持ち込み栽培を始めてからビール造りが始められた。クラフトビールの先駆的な地域として、一七〇年の間、常にホップの品種改良やクラフトビールの新製品開発などに携わってきたのだ。地元で採れる原料を使うことによってコストダウンをはかり、保存料や化学物質、砂糖を加えず、ほとんど手作業で造ることが、ネルソンビールの人気の秘密であろう。ビールの種類もピルスナー、ペールエール、ヴァイツエン、スタウトなど個性豊かだ。
 この地域には、一二ヶ所の小規模ブルワリーと一〇軒のブルワリーパブが点在しており、昨年これらを紹介した無料地図を発行したところ大好評で、今回の『ロンリープラネット』での紹介につながったそうだ。
 この地図を片手に徒歩や自転車でこれらのパブに立ち寄り、種類豊富なクラフトビールを飲み比べたり、歴史的なブルワリーで無料の試飲やブルワリーツアーに参加することができる。半日、または一日もあればほとんどのブルワリー巡りが可能だ。これらのブルワリーパブは、店内に醸造設備を置いて、タップから直接グラスに新鮮なビールを注いでくれる方式なのが嬉しいところだ。
 全国で一番古いパブ「モウテレ・イン」のアンドリュー・コール氏は、「今回ネルソンのクラフトビールが注目を浴びたのは、NZのクラフトビール市場が成熟してきた証です。ネルソンでビール造りに携わってきた人々にとって、良くやった! と肩を叩かれたようなものですね」と満足気に話す。
 飲兵衛のキーウイにとって、お酒は「質より量」だったが「量より質」を求めるキーウイが増え、個性的でうまいビールを支持するファンが定着しつつある事実は、全国に増え続けるクラフトビールのブルワリーが証明しているだろう。(いーでぃやすこ・クライストチャーチ在住)

月刊 酒文化2012年12月号掲載