地震後の自家醸造ブーム

 2011年2月22日、南島最大都市であるクライストチャーチをM6.3の大地震が襲い、多くの被害をもたらしたのは、今でも市民の記憶に新しい。それから2年たった現在、街の中心部は以前として立ち入り禁止区域になっており、復興はまだ数年先の話。中心部にあったパブやバーは地震によって大半が店を失ってしまった。地震後1年頃から、郊外に新しい店を建てたり、仮店舗をみつけたりして、ようやくビジネスを再開した店が増えてきたが、地震前の数に比べると、まだまだ件数は少ない。しかも、その混雑ぶりといえば、週末だけでなく平日の夜も大変な混みようだ。
 混んだパブに愛想をつかした市民の間で、静かなブームになっているのが自家醸造である。もちろん、DIY大好きなキーウイ(ニュージーランド人の愛称)にとって、自家醸造でビールやワインをつくるのは、地震前からもずっと続けられてきたホビーのひとつ。NZの法律では、つくった酒を売らなければ、自家醸造の量・アルコール度などの規制はなく、ビール、ワイン、スピリッツなど、どんな酒でも自分でつくれる。ここは『自家醸造自由国』なのだ。
 クライストチャーチに3軒ある、自家醸造の店のひとつ「ユア・シャウト(お前のおごり)」のオーナー、クリスさん曰く、“自家醸造はNZの文化”であり、裏庭のガレージや物置小屋(シェッド)で、自家醸造のビールやワインづくりが始められたのは、英国から移住者がこの国に移り住んだ1800年代に遡るらしい。ビールづくりは男性、ワインづくりは主に女性に人気で、クルマをいじったり、ジャムやピクルスをつくるように、キーウイは酒づくりを自宅で楽しんでいる。まるで科学実験室のような装置をガレージの中に設置したり、冬場は電気毛布をかけて酒を温めたりする、凝り性の輩もいるそうだ。
 自家醸造の目的は、安くお酒がつくれることも一因ながら、“オリジナルの上手いビールやワインをつくりたい”という味重視の自家醸造家が増えている。近年のクラフトビール人気も自家醸造から始まって、発展していったものだ。2012年にシンガポールで開かれたビール・フェスティバル・アジアで、金賞を受賞したピルスナーの生みの親は、北島オークランドの自家醸造家で、なんと3バッチ目の快挙だったそうだ。
 23リットル(5ガロン)がつくれるビール・スターターキットはNZ$122(約8760円)、ワインはNZ$268(約21440円)。一度、器具を手に入れてしまえば、一瓶つくるのにビールならNZ$1.70(約136円)、ワインNZ$3.50(約280円)と断然格安。もちろん、本格派向けに、各種モルトやホップなどの材料も、お店やネット販売で手軽に入手できる。また、缶に入った自家醸造用のビール材料パックは、地元のスーパーでも販売している。
 バーベキュー大好き民族のキーウイだが、自家醸造でつくったオリジナルのビールやワインを手土産に持っていけば、パーティの人気者間違いないだろう。
(いーでぃやすこ・クライストチャーチ在住)
2013年春号掲載

月刊 酒文化2013年07月号掲載