イタリアのビール事情

 イタリアはワイン王国。ビールの1人あたりの消費量はトップのチェコの148Lの4/1ほどで、年間わずか30LしかなくEUのなかで最低クラスだ。ところが最近はビールが着実にイタリア人のハートをつかみ始めている。
 飲み方は、日本のように「とりあえずビール」で始まって、別の酒に進むというのはほとんどない。ビールで始めたらずっとビールが主流だ。そしてワインを飲む時と同じように食事かおつまみを楽しむ。食べずに飲むドイツやイギリスとはここが違う。夕食の前に仲間と一緒に軽く一杯飲む「アペリティーヴォ(Aperitivo)」でビールを飲む人もよく見かける。これはドリンクを一杯注文すると、おつまみの大盛の一皿がついてきたり食べ放題だったりする早い時間帯限定のサービスで、安く済ませたい学生や「夕食は軽めに」と思う女性に人気だ。
 来日するたびに居酒屋で出されるあの冷たいビールに今でも感動するのだが、イタリアではビールが氷のように冷えていることはまずない。グラスを冷やして出すお店も指で数えられるほど少ない。それでもやはりビールは夏場によく飲まれていて、1年分の半分くらいは夏に飲んでしまうという。
 ホームパーティでイタリア人が用意するのはワインが一般的だ。でも若者のカジュアルな集まりや、サッカーの観戦などではビールが人気。ピザを食べるときもビールで、イタリア人にはピザはワインが合わないという固定観念がある。
 こうしてイタリアでもビールの人気はじわじわ上昇してきて、好きなお酒のランキングではワインの37%に対して、ビールは29%まで迫った(イタリアビール麦芽業者協会誌調べ)。ビールが伸びている理由のひとつには不況が関係していると言われる。近年のビール消費は家庭で伸びており、それはレストランに出かけることを減らして、ビールを家飲みする人が増えているからだというのだ。
 この10年、イタリアではワインの国内消費の落ち込みが続いている。若い世代を中心にビール消費が伸び、ビールの種類も大幅に増えてきた。10年前くらいまでスーパーのビール売場に並んでいるのは、イタリア大手ビール2〜3社とドイツの数社の商品に過ぎなかった。それが現在ではスーパーマーケットの売場をはじめ、グルメ食品店、ビール専門店、パブなどには国内外の地ビールがたくさん並んでいる。
 特にイタリア国内のクラフトビールが評判だ。小規模醸造のビールで、人工的な添加物を使わず自然素材のみで手間ひまかけてつくられている。クラフトビールの人気が高まる動きは、1990年代半ばにイタリアの北部から始まり、2000年代初頭に全国に広がった。現在、この分野の成長率は年に10%〜20%という。
 ブルワリーの多くは経営者やスタッフが40歳以下と若く、その数は現在550件を数える。平均的な生産量は年間4万Lほどで、売上高は約20万ユーロくらい、全体を合算すると量的には国内市場の2%ほどだが、大手ビールメーカー製のビールと比べて値段が数倍高いことを考慮に入れると、経済価値では1割強を占めるという試算もある。
 多くのイタリア人はラガーやピルスナータイプのビールを好むが、最近はスパイスや蜂蜜、ハーブやコーヒー、栗やスペルト小麦など、他のヨーロッパの国と異なる個性的な原料を用いた、様々なフレーバーのイタリアらしいクラフトビール嗜好が増加している。ワインの人気の維持と、クラフトビールの様々な楽しみ方が広まることを期待したい。
(しえいららしっどぎる・ローマ在住)
2015年夏号掲載

月刊 酒文化2016年03月号掲載