金曜日は午後から一杯

 今回はオーストラリア人の気質から感じる日本酒のチャンスについて書いてみたい。
 オーストラリア人はおおむねおおらかで親日的だ。私はシドニーに来て10年になるが、差別的な態度をとられた記憶がない。反日的な行動を目にしたのは、反捕鯨運動をテレビで見たくらいだ。むしろ、彼らが日本の文化を理解しようとし、尊敬してくれているのを肌で感じることが多い。生で魚を食べる習慣のなかった彼らが、刺身や鮨に手を伸ばし、おいしいと認めて日常的に食べてくれるようになったのは、根底に日本の文化を敬う気持ちがあるからからだと思う。
 オーストラリアではひと昔前まで、日本酒はアルコールの味しかしないと敬遠されていた。けれども日本食に合うのは日本酒だと言ってくれる人が少しずつ増えてきた。すでに家庭のキッチンにはケチャップの横に醤油が置かれるようになっており、刺身の味の違いが分かるほどに味覚も経験を積んでいる。普通の人々が日本酒の味を受け容れる下地はできつつある。
 そして彼らが日本酒の旨さを知ってしまうと大変なことになるはずだ。なぜ、“大変”なことになるかと言うと、オーストラリア人の酒量が半端ではないからだ。彼らは酒をほんとうによく飲む。平日の夕食で女性がワインを一本軽く空けてしまう。週末ともなれば、さらにパワーアップしてとんでもない量になる。
 週末で思い出したが、オーストラリアでは金曜の午前中で仕事を終えてしまう人が珍しくない。いや、就労時間は終わっていないのだが、社長みずからが昼から酒を飲みだすのである。名目は会議、接客、親睦会、さまざまなのだが、飲んで楽しんで、それが延々と夜まで続く。内勤の事務員はデスクの上にワインが登場する。飲みながら計算機をたたいて間違わないかと心配になるが、最初に書いたようにオーストラリアはおおらかで、細かいことはあまり気にしない。銀行で両替して、1ドル〜2ドル違っていたことも何度かある。日本では考えられないが、オーストラリアにはそんな一面もある。だから彼らが日本酒に目覚めた時はとんでもない量を飲んで、さぞかしにぎやかなことだろうと期待に胸を膨らましている。
 日本食が広く普及した今は、日本酒拡大の好機だ。おそらく日本食を一度も食べたことがないというオーストラリア人はいないだろう。それくらい日常のものになっている。大事なことはオーストラリアの人々に、日本酒をきちんと理解していただき、偏った知識で語りださないようにすることだと思う。魚を生で食べる得体の知れない日本料理を、誤解を解きながら辛抱強く提供し続けてきた現地の料理人たちの仕事を見習って、じっくり腰を据えておいしい酒を伝えていく。本当に長い道のりになることは疑いないが、千里の道も一歩から、日々の積み重ねで、すべてのオーストラリア人に日本を好きになってもらえるようしたい。そこから見えてくる日本の文化が必ずあるはずで、日本の理解をさらに深めてもらえるだろう。いつの日か、金曜の昼にデスクに日本酒が並ぶのを見たいものだ。
(芋野博詞 シドニー在住:KONTATSU AUSTRALIA PTY.LTD)

月刊 酒文化2012年08月号掲載