ブラジルで日本酒専門店を開店

 ブラジルで日本食料品店をやっていた私は、日本酒の専門店を始める前は不安でいっぱいだった。ブラジル人は10年前まで、日本酒が米からつくられていたことすら知らなかった。彼らに日本酒をどう説明したらいいのかもわからなかったし、うまく理解してもらえても果たしてそれが口に合うのか自信がなかった。日本酒はブラジルの国民的な蒸溜酒カシャーサやワインに対抗できないのではないか、コクのある料理が好まれるブラジルに馴染むのかなど不安だらけ。でも、ひとつだけ手がかりがあった。それは日本の食文化はブラジルで30年も前から愛されていることだ。だったら日本酒を好きになってもらえないはずがない。
 あれこれ考えているうちに、日系二世で日本語がわかる自分ではわからなかった重大な事に気がついた。日本酒のラベルをブラジル人は読めないじゃないかと。書いてあることがわからない物には誰も手を出さない。誰にでも読めるものをつくらなければ始まらない。
 それをどうやって伝えようか。テレビや新聞などで報道してもらうのもいいけれど、その場、その瞬間に見た人たちだけにしか伝わらない。しかも広告でやるには莫大な費用がかかる。そこで目をつけたのがインターネットだった。自分で日本酒の店の公式サイトをつくることを決めた。インターネットの知識も経験もあまりなかったけれど、睡眠時間を一日に4時間くらいに押さえ、インターネットのことを2ヶ月間必死に勉強した。さらに3年くらい日本酒のイロハを勉強した。周りからは「そこまでしなくていいのじゃないのか」と言う人もいたけれど、家族やブラジル人の仲間が応援してくれた。
 2004年、やっとのことでブラジル初のポルトガル語で書いた「酒蔵 ADEGA DE SAKE 公式サイト」が完成した。店も日本酒専門店に変更して、ブラジルに輸出されていた銘柄はすべて仕入れた。以来、商品を右から左に流すのではなく、こんなふうにして飲んでください、こんな料理と合わせて楽しんでください、とアドバイスしながらお勧めしてきた。今では「吟醸酒をくれ、純米酒をくれ」と言う声をよく聞く。売れ行きは好調、オープンの翌年には輸入本数が4倍も増えた。
 いまは毎日が楽しい。来る人に丁寧に説明し、納得いただいてから購入してもらう。そのために必ず試飲用に1本は封を切っておく。「百聞は一杯にしかず」だ。そしてお客様の好みを確か、全員の好みを記憶するように努めている。
 こうした状況で、いまブラジルでは日本酒が足りない。輸入業者に強くお願いしても供給が追いつかない。それで今年から自力で輸入してみることにした。専門知識に磨きをかけるために、唎き酒師の資格も獲得。日本から一番遠い国だが、蔵人の魂をもっておいしく日本酒を届けようと思っている。
(飯田龍也アレシャンドレ・サンパウロ在住:酒蔵ADEGADESAKE店主)

月刊 酒文化2012年02月号掲載