他処のお酒は美味しく見える

 仕事に向かう途中、運転しながら「A GRAMA DO VIZINHO É VERDE」というブラジルのことわざが浮かんだ。「隣の芝生は青い」という意味で、人間は誰でも他人様の物に先に目がいくというのはブラジルも変わらない。どうしてこのことわざが浮かんだかと言うと、当店で日本酒を買ってくださる方は80%以上が非日系、15%は日系人、後の残り5%が日本人だからだ。どうして日本人の方は日本酒を買ってくれないのだろうか? 何人かの日本人のお客様に聞いてみると、「日本酒はベタつく」「辛口でも甘い」「喉がカラカラになる」と言う。しかし赤ワインはもっと喉が乾くと思うし、そもそも酒類はほんらい甘みを持っているものだ。
 日本のドラマでも時代劇でも見ていると、何故か日本酒は「悪酔い」したシーンだとか、妻を亡くした亭主が一升瓶に肘をもたれているとか、悪党者同士が何か企みながら日本酒を飲むばかり。ところが、うれしい楽しい場面になるとシャンペーンやビールになり、見栄えのいいシーンはワインだ。こういった所ですでに日本酒は評価されていないのはどうしてなのか。そんなのを見ているから、みんながつられてしまう。なぜ「今夜は祝おう! とっておきの手づくり大吟醸がある」とならないのだろう?
 ブラジルでは日本酒がヒットし高級物として扱われている。まだ理解してくれる人の数は少ないが、飲んだ方は気に入ってまた買いにきてくれる。ワインもよく飲まれている。でもそれよりも地元の蒸溜酒ピンガのほうが間違いなくたくさん飲まれている。日本のように自分の国のお酒より、余所から入ってきたお酒がたくさん飲まれるということはない。
 しかし、わずか5%しかいない日本酒を買ってくれる日本人のお客さんは、日本酒が大好きな方々だ。いつもありがたいと言いながら買ってくださる。「昔ならカバンの中に入れて日本から持ってこないと飲めなかった。今こういうお店ができて、いろいろな日本酒が選べるようになった」とニコニコと笑顔で話す。
 私たち海外で日本酒を売る者は、多くの地元の人たちに日本酒を楽しんでいただくだけでなく、日本を離れて暮らす人たちに「日本を思い出すために、おひとついかがですか?」とすすめ、もう何十年も日本に戻っていない方に「日本酒はこんなに種類があります。好みに合うものがきっとありますよ」と伝える。これも大事なことと、少なくとも日本人の血を引く私は思う。文化は知らない所に広げると同時に、忘れかけている人に思い出させることをしなければならないのである。
(飯田龍也アレシャンドレ サンパウロ在住:酒蔵ADEGADESAKE店主)

月刊 酒文化2012年08月号掲載