日本酒を蒸溜酒と勘違いしているパリジャン

 日本とフランスを行き来して、日本酒のピーアール活動を始めて3年が経つが、ちょうどこの間にパリでも日本酒への関心が急速に高まってきたように思う。それでもアメリカや香港、韓国などのアジア諸国、そしてヨーロッパでもイギリスなどに比べればまだ認識は低い。
 世界中で日本食がブームの中、フランスでも日本食レストラン(réstaurant japonais)は増え続けている。経営者は日本人やフランス人のほか中国人や韓国人などが多い。また、日本食と言っても“寿司”だけでなく、最近ではラーメン店が次々にオープンし行列ができる人気店となっている。フランスでは日本のアニメは異常な人気で、パリのあちこちに“マンガ喫茶”ならず“マンガ・カフェ(Manga Café)”ができ、若いフランス人でいっぱいだ。ラーメンやお好み焼き、たこ焼きなどB級グルメ的なものが流行るのは、少なからずその影響もあるだろう。
 では日本の食や文化がブームのなかフランスで“日本酒”はどのように受け止められているのか?よくフランス人に「日本酒(Saké)を飲んだことはあるか?」と聞くとほとんどが「飲んだことはあるが、アルコール度数が高くて体に悪そうで好まない」と返答される。最初は何のことかわからなかったが、ある日、中国系の寿司レストランで食事をしたときにその理由が理解できた。このタイプの店では食後酒としておちょこ1杯のSaké をサービスするところがあるのだが、それがアルコール度数の高い中国の白酒なのである。これを“日本酒”と思いこんでいるフランス人が大多数で、日本酒がスムーズに受け入れられない理由のひとつになっている。
 それでも日本酒はワインと同じ醸造酒で、アルコール度数も13〜17%でワインと変わらないと説明してから試飲してもらうと、多くの方が香りの高さと飲みやすさに驚く。そしてその後は原料や製造方法、生産地、土壌についてなどの質問責めにあう。おいしいものへの探究心の強さは、さすが美食の国フランスの国民性だといつも感心する。
 フランスで日本酒の説明をする場合、表現などワインと比べることが多い。ティスティングではワイングラスでワインと同じように色や香り、味わいを確認するのが一番わかりやすい。
 ただ、味のタイプの見分け方の説明には苦労する。ワインはボルドーやブルゴーニュなど産地によってボトルの形が決まっていて、製造年、ブドウ品種などの表示から味わいの特徴を想像しやすい。けれども日本酒はボトルの形状や米の種類、その他表示では、地域性や味わいを類推するのが難しい。
 もうひとつ苦労するのは値段だ。これはフランスに限らないことだが、海外で販売されている日本酒は決して安くはない。日本国内での購入価格の2〜3倍するのではないだろうか。現地の友人は日本酒は特別な時のものだと言う。フランスでは10〜20ユーロ位でいいワインが購入できるが、純米大吟醸や純米吟醸などは720mlで35ユーロ以上する高級酒で、普段気軽に飲めるものではないからだ。
 それでも日本との文化交流などで、多少なりとも日本酒を知る有名シェフやパティシエの間では日本酒に対する評価は高く、実際レストランのメニューリストに日本酒を載せ、ワインと同様にフランス料理と合わせるレストランも増えてきている。
 さらに最近ではSaké Barや居酒屋スタイルのレストランもオープンし、純米大吟醸、山廃純米酒など全国各地の地酒が並び、梅酒やゆず酒などのリキュールも豊富に用意されるようになった。
 仕事や留学で日本に滞在した際に日本酒の美味しさを知り、また居酒屋スタイルという日本の文化に魅力を感じる外国人も多いようだ。このような日本との交流があるフランス人が、彼らの感性で日本酒の啓蒙活動をしてくれていることも市場を広げるための重要な助けとなっている。
 すでにパリの老舗百貨店や一部のワインショップで日本酒は販売され始めている。ショップのスタッフやレストランのサービス係がきちんとお客様に商品説明ができるように、仕事で酒に関わるプロ向けのティスティング会やセミナーを多く開催し、知識を深めることが急がれる。
(伊藤明子・パリ在住:株式会社ドレッシング・エー)

月刊 酒文化2012年02月号掲載