ラベルが読めると口コミに乗る

 夏のヨーロッパは日が暮れるのが夜10時過ぎなので一日がとても長く感じます。初夏のパリは爽やかで心地よく、カフェやレストランのテラス席は地元の人や観光客でいっぱいです。午前中からビールや濃いグリーンが印象的なフランスの夏の風物詩マンタロー(menthe à l'eau:ミント水)で喉を潤している人をよく見かけます。
 さて、フランスでも日本酒のPRはますます活発に行われるようになり、フランス料理とのマリアージュや酒セミナーが毎週のようにパリのあちこちで開催されています。日本食や伝統文化の啓蒙活動も盛んなので、これらと日本酒を組み合わせて紹介する企画も頻繁にあります。5月後半には東京、浅草の老舗「駒形どぜう」のオーナー渡辺孝之さん率いる「蕎麦打ち会」のメンバーが来仏し、フランス各地で蕎麦打ちのデモンストレーションをされました。パリでは築地丸山寿月堂パリで「蕎麦と日本酒」というイベントが開催され、見事な蕎麦打ちの技と江戸っ子らしい軽快な語りが参加者を引きこみ、有名ホテルのシェフが真剣にひとつひとつの動作に見入っていたのが印象的でした。出来上がった蕎麦は日本酒と一緒に味わったのですが、「蕎麦の旨味をさらに引き立てる冷酒の旨味を知った」や「昔から伝わる粋な日本酒の楽しみをパリで体験出来てうれしい」と喜ばれました。
 今後フランスで日本酒を販売していく上ではもちろんフランス料理と日本酒のマリアージュの提案は積極的に進めていく必要はありますが、それと同時に伝統食と日本酒の組み合わせも紹介し続けていくことが海外で日本酒をPRしている私たちには大切なことだとあらためて感じました。
 最近ではパリの人気和食店も積極的に日本酒をすすめてくれるようになってきました。期間限定で3種類の日本酒とそれぞれに合うおつまみを、手頃な価格で提供する企画を実施してくれる店が増えてきたのです。この企画は初めて日本酒を飲むフランス人も気軽にトライすることができ、また自分の好みの日本酒を見つけることができるので大好評です。
 さらに毎月日本酒セミナーを開催している熱心なお店もあります。事前にFacebookなどで告知し予約をとりますが、参加者のほとんどはフランス人です。内容は日本酒の基礎知識から試飲する蔵の歴史やお酒の特徴などを細かく説明し、試飲をしながら質疑応答をします。ワイングラスで試飲してもらい参加者に感想を聞いてみると、香りの高いお酒が印象的と答える人が多いのですが、山廃仕込みで酸が高くボディー感のあるお酒を好む人もしっかりいることは興味深く、また熟成酒への関心も強いです。質疑応答をしながらのプレゼンテーションは、ワインの知識が豊富で疑問に思ったことは積極的に質問するフランス人に向いていると思います。
 最近試飲会で、参加者から日本酒の写真を見せられ、そのお酒についての質問を受けることが多くなりました。日本で飲んで気に入ったら日本酒のラベルの写真をコレクションしているのですが、ラベルには漢字やひらがなばかりで読めず、家族や友人に自慢したくてもできず、ネット検索もままならないと言うのです。こうした方からの質問はシンプルです。銘柄と酒蔵の名前、日本のどの地方で造られたものか、フランスではどこで買えるかという3つです。
 日本酒を海外に広げていく上でまず大切なことは、お酒の銘柄を覚えてもらうことです。すでに表ラベルに英文字を印刷しているメーカーも多いですが、英語読みやウェブサイトが入っていると海外の人はもっと日本酒を身近に感じますし、ネットワークは広がりPR効果も大きいのは間違いありません。これからはそうしたコミュニケーションの広がり方を考えた工夫が重要になってくると感じています。
(伊藤明子 パリ在住:株式会社ドレッシング・エー)

月刊 酒文化2012年08月号掲載