Sake And The City–ニューヨークのSAKEの現場から

新川智慈子ヘルトン

 ニューヨーク(以下 NY)より酒事情をお届けすることになりました酒ディスカバリーズの新川智慈子です。おいしくて楽しいだけじゃなく、お酒文化を通じて生産地の地域性、食文化、美容のコツ、ビジネスツール、はたまた運命の出会いなどなど、CITY ならではの「ちょっとカシコク呑みニケーション!」をモットーに、ニッポンの酒文化をNYから発信しています。どうぞよろしくお願いいたします。
 2011年に日本酒の海外輸出量は過去最高を記録しました。東日本大震災により壊滅的な被害を受けた酒蔵もありますし、原発事故の影響は大きく、今もその懸念は払拭できません。そして、この円高の状況にもかかわらず輸出が増えたことは、世界が今まで以上に日本酒を評価しているという証明だと思われます。海外での日本酒の評価を知り、日本にも「これから」の世代に日本酒ファンが増えてくれることを願います。
 読者の方は、NYの日本酒シーンの盛り上がりはご存知かと思いますが、世界経済の中心地、人種のるつぼであるこの街では、すでに日本酒は一時のブームではなく、ワインやビールと並ぶ醸造酒と認知されるようになりつつあります。ワインソムリエ試験で日本酒の知識も問われることもでてきているようで、ワイン業界関係者のお話を伺うことが増えています。NY に住む業界関係者は、彼らの質問に回答できる知識と柔軟性を持つことが重要です。ビギナーからプロフェッショナルまで、タイプに分けたわかりやすいマーケティングが今大事と考えています。日本食レストランでも、高級店に限らず、日本酒、焼酎を置いているお店のスタッフは、ノンジャパニーズの方達に正しい情報を伝えることで、新たなファンを増やし、売上向上にも繋げられます。
 ちなみに、現在のNYで注目の日本食は何と言ってもラーメン。とは言え土地代の高いこの街では、ラーメンだけを提供したのでは家賃を払いきれません。ですので、ドリンクやサイドメニューの売上はラーメンレストランの重要課題です。ノンジャパニーズの方達にはラーメンには水かビールという先入観がありませんので、日本酒や焼酎を提案すると案外無理なく受け入れて頂けます。とはいえ、ラーメン店は回転率も大切ですので、いかに短時間で的確なお薦めでオーダーを頂くかが決め手です。私がスタッフトレーニングをしたラーメン店では、2 回のトレーニング後、飛躍的に客単価が上がり、昼も夜も行列ができる人気店になりました。お酒を売れる自信を付けたサーバー(接客担当)は、お客様との接客が楽しくなり、客単価が上がった分、もらえるチップも増えます。的確な接客をされたお客様は必ずリピーターになります。努力の成果が返ってくるので、人気店のスタッフは皆さんとても生き生きと働いています。
 酒造メーカーの皆さん、レストランのオーナーやマネージャーだけではなく、実際にお客様に接するサーバースタッフにも注目してください。現場で直接お客様に接する彼らはキーパーソンなのです。沢山の銘柄があるなかで、「売れる銘柄」と「売れない銘柄」の分かれ道は、そこにあると言っても過言ではありません。
 また、お酒を紹介する場はレストランだけではありません。現在は、色々なジャンルの酒テイスティングイベントに挑戦しています。世界中に展開する都会的なデザインで人気のインテリアショップBoConcept(http://www.boconcept.com/)とコラボレートした日本酒、焼酎イベントはNYのファッションやデザイン関係のスタイリッシュな業界の方達に大変喜ばれました。日本人にとってコンサバティブな日本酒や焼酎は、NYの彼らにとってはとてもニッチで新鮮。食事と合わせなくても気軽に単体で楽しめる軽めの吟醸酒系、リッチな純米酒や本醸造系ならオンザロック、焼酎はソーダ割りで最初の一杯を楽しめるカクテル風にしてみたりと、提供するスタイルで色々なオケージョンに対応できます。その他にも、ビジネススクールの学生のための酒レクチャーや、わかりやすい懐石料理の楽しみ方「懐石はじめの一歩」シリーズなど、色々なタイプの企画で幅広い酒ファンを増やしています。
 ノンジャパニーズの方達が日本酒や焼酎を求める理由は、「異国文化のファンタジー体験」。日本人がワインを飲む時、海外の文化にロマンを感じ、触れてみたい、歴史あるシャトーのワインを飲んでみたい、その風土について知ってみたいという気持ちが大元あると思います。彼らにとって日本酒や焼酎はまったく同じ衝動なのではないでしょうか。遠く離れた黄金の国ジパングから届いた、最高の素材と技術と魂で生まれた“美しい水”というファンタジー。そこに対価を払うのです。
 海外に来たらロマン溢れる蔵の歴史を伝えてください。造り手の心を伝えてください。いつも皆さんが楽しんでいるニッポンの酒文化を自慢してください。私たち現地の現場の人間は、その気持ちを全力でサポートいたします。
(にいかわちずこへるとん・酒ディスカバリーズ代表・http://japanese.sakediscoveries.com/:ニューヨーク在住)

月刊 酒文化2012年04月号掲載