私たちをオオカミ少年にしないで

 最終回のレポートは、ニューヨークの酒友達であり、酒サムライの先輩であるティモシー・サリバン氏(Urbansake.com)とともに、この秋に日本の酒蔵を巡り歩いて感じたことをお話します。
 ティモシーとの酒蔵巡りは今回が3度目、彼は酒にまつわる日本語よく知っていて酒蔵内では通訳は不要ですが、一歩酒蔵を出ると日本語が自由に話せないアメリカ人です。そんな彼と一緒に日本の旅をすると、お酒はもちろんですが食文化、工芸、蔵元、蔵人たちとの交流を通じ、日本の魅力を再発見することが多々あります。そのたびに一人でも多くの方に、お酒を通じてもっと日本の魅力を知ってほしいと思います。これからの海外でのPRは、お酒が生まれる環境を一緒に紹介し、その街を訪ねて飲んでみたい! とまで思わせる「酒ツーリズム」を提案してみてはいかがでしょう? 蔵によっては蔵見学や試飲ができます。直営レストランやお土産店を併設している蔵もあります。どれも酒ファンにとってはたまらないテーマパークです。酒蔵が集中していて徒歩で訪ねられる街は、どこも飲食店やお土産店も充実していました。そうでない地域でも近くの酒蔵が連携して飲食店を組み合わせたツアーコースを組むことはできるでしょう。日本の若い世代の方たちに、そのツアーに海外からのお客様と一緒に参加してもらえば、なおよいと思います。
 海外での販路拡大も大切ですが、いつも日本に行くたびに気になることがあります。今や、海外展開をしている酒造メーカーは多く、日本酒の登場シーンは日本食にとどまりません。さまざまな国や地域の料理と組み合わせられ、カクテルで出されたり、デザートと合わせたりすることもあります。ワイングラスでサーブすることも、オシャレなバーでかっこよく日本酒を飲むことも、欧米では珍しいことではありません。ですが、それらを国内で実践しているところは、本当にごく一部ではないでしょうか?今回の旅の間、何度かホテルのバーに行きましたが、都内、地方に限らず、日本酒を置いている店はありませんでした。「日本酒はありませんか?」という私たちの問いに、「うちは居酒屋ではありません」とたしなめられるように言われたこともありました。
 「Made in Japanブランドにプライドを持っているはずの日本のバーテンダーやソムリエは、日本産のウイスキー、焼酎、ワインにはありがたみを感じているようですが、どうして日本酒にはそうではないのでしょう?」と、ある有名ホテルのバーテンダーに聞いてみると「誰もバーに日本酒を売り込みませんしね」との答え。また、イタリアンやフレンチのレストラン、タパスバーではボトルで980円〜3000円程の輸入ワインがずらりと並んでいて、しっかりと製造者、産地、味わいの特徴までが書いてあります。それらを本当に理解してオーダーしている日本人がどのくらいいるのかわかりませんが、イメージづくりは大事です。飲みたくさせる雰囲気があるかどうかで、手にする酒はまったく違ってきます。日本酒にはこういう工夫が足りないように見えます。
 前回の旅でのことでしたが、イギリス人杜氏のフィリップ・ハーパー氏がランチに案内してくれたのは、高台にあるとても素敵なカフェスタイルのカジュアルイタリアンレストランでした。若いカップルがデートに使いたくなるようなオシャレなお店です。ランチワイン感覚で彼の醸した『玉川』がカラフェでサーブされました。フィリップとティムに囲まれていたこともあり、日本にいることを一瞬忘れてしまったほどでしたが、まずは地元のイタリアンやフレンチなどの洋食店、バーの方たちとぜひ日本酒はこういったお料理にも合うのだということを、あらためて提案することから始めるとよいのではないでしょうか。そうでないと、ニューヨークの酒の現場で「日本酒はどんな食事にも合います!」と声を大にしている私のような者は、狼少年のごとくなってしまいます。お客様が日本を旅行して「日本でそんな飲み方している人はほとんどいなかった!」と言われてしまうでしょう。
(にいかわちずこへるとん・酒ディスカバリーズ代表 http://japanese.sakediscoveries.com/ ニューヨーク在住)
2013年冬号掲載

月刊 酒文化2013年02月号掲載