ドイツ夏の鉄則「酒は外で楽しむ」

 何ヶ月もの間、灰色の空を眺める冬が終わりを告げると、短かいドイツの夏がやってくる。ついこの間まで午後2時には暗かった空が、9時にようやく夕焼けに染まり、枯れていた木々は芽吹き、渡り鳥の声がさえずり、花が突然咲き乱れる。これほど自然の生命力を肌で感じとれる時期はない。
 変化を見せるのは自然だけではない、われわれ人も同じだ。この間までブスっとしていたパン屋の店主が、太陽の光がサンサン照りだす頃には、まるで別人のようににこやかに話しかけてくるし、電車の中で幸せそうに見つめあう恋人の数も増え、公園には日向ぼっこをしようと裸になって寝転んでいる若者たちで溢れ出す。ここドイツの首都ベルリンでは、夏になると外でのイベントもたくさん増えて、無料でワールドミュージックのコンサートや、サルサパーティが開催され、朝まで遊び歩く人たちで賑わうのだ。
 こんな心から生きている喜びを実感する夏を満喫するために、ドイツの住人の鉄則がある。それは、外で酒を楽しむこと。中庭を持つカフェは盛況で、店の前には所狭しとテーブルが並び、夜風に吹かれながらおいしいビールをグイっと飲む瞬間は本当にたまらない。ちなみにドイツでは大ビンはほとんどなく、各人が中ビンあるいは生ビールを注文して、最初から最後まで一人で飲む。ラッパ飲みする女性も見られるほどだ。もちろんビールを飲んで酔っ払うのが目的ではない。長い時間拝めなかったお天道様を仰ぎながら、日焼けをするのも重要なポイントだ。
 さて、こんな風に夏を満喫する人の姿を見かけるのは、街角のカフェだけではない。自然の中にあるビアガーデンこそ、本当に夏らしい場所といえるだろう。自然好きなドイツ人が行くビアガーデンは、日本の大都市にあるような、ビルの屋上ビアガーデンではない。郊外の森を散歩して、偶然見つけたビアガーデンで腹ごしらえをしながら、ビールを飲んだり、街中に突然ある大きな公園のなかの森に隠れたビアガーデンに友達と待ち合わせをするのが一般的だ。
 ドイツでは大都市でも森のような公園があちらこちらにあるので、わざわざ遠出しなくても森林浴をしながらビールが飲める。ベルリンの街中にあるティアガルテン公園は、210ヘクタールの敷地を誇り、リスやウサギも住んでいるまさに大都市のオアシス。ここにあるビアガーデンでは、おいしいソーセージやピザと一緒にビールを飲む仕事帰りの大人たちの姿が見られる。
 ビール王国であるドイツには、もちろん多くの地ビールがあるが、ベルリンといえばベルリナーヴァイスと呼ばれるビールカクテルが有名だ。これはヴァイスビア(白ビール)と呼ばれる元来南ドイツでよく製造されているモルトの多い白くにごったビールに、シロップを混ぜた夏のドリンクである。名前のとおり、ベルリンで製造されたものだけがベルリナーヴァイスと名づける権利を持つ。もともとはビールカクテルではなく、白ビールだけを指しており、19世紀初頭にはフランス人に「北のシャンパン」と名づけられたという話があるほどで、その起源は16世紀に遡るとか。赤いラズベリーシロップか、緑のスィートウッドラフシロップを入れるのが一般的で、本当の酒好きにはこの甘いドリンクはおいしいとは言えないかもしれないが、夏を満喫するために欠かせないお酒の代表格だ。
(たかもとみさこ:ベルリン在住)

月刊 酒文化2008年10月号掲載