寒い冬にはチェリーのお酒・チェリーウォーターはいかが

 一月ともなれば、肌寒くなるドイツ。冷えたビールや白ワインより、ぐっとアルコール度の高いお酒が恋しくなる時だ。
 チェリーウォーターと言う名のフルーツブランディーは、チェリーが主原料の透明な焼酎。糖分が高く、香り高い小ぶりのチェリーを原料に使っている。背の高いチェリーの木から取れる実が最も理想的だが、現在でも手摘みされ、その日の内に蒸溜所に運ばれていく。
 飲む温度は一四〜一六度が理想的。そしてケーキを焼くときの香り付けにも好んで用いられ、「黒い森のチョコレート・チェリーケーキ」は、チェリーウォーター無しでは存在しない。
 さて、このアルコール度約四〇度のチェリーウォーターの由来は明らかではないが、欧州でのブランディーの歴史を遡ることはできる。元々は燃料として知られているブランディーだが、液体を熱することで、燃料と分離させ、そして濃縮することは当時まだ知られていなかった。
 蒸溜法は、はるか九世紀にも遡り、そのスタートはアジアだったと言うことだが、その後アラビアのハーブ商人に語り伝えられ、ローズウォーターや医薬品が作られた。こうした蒸溜法がやっと欧州に辿りくと、飲料としての蒸溜酒が生まれたと言う訳だ。中世における最初の蒸溜技術の開発は、なんと錬金術師によって行われたと言うのだから、おもしろい。価値の無い鉄くずから金を作るとされた錬金術師達の技術は、近代に入って全く非論理的な物だとこき下ろされ、弾圧を受けてしまったが、実際のところ科学的思考を駆使した実用的なものだったということだ。そして錬金術師の手法は現在の蒸溜法と基本的には大きく変化していない。
 ところでドイツ語ではブランディー類の酒をシュナップスと呼ぶが、元来の意味は一口、あるいはクッといく一杯を指す。つまり現在でもその飲み方が一般的であり、小さなグラスになみなみと注がれたシュナップスを、仲間と一気に飲み干すのが流儀だ。ドイツで蒸溜酒に果物が原料としてたくさん使われるようになったのは一九世紀。それまで果実を使うと仕事が多い上、儲けにならなかったので、穀物によるシュナップスが一般的であった。つまり、その名のとおり舌より喉で味わうこの強い酒が「クっと一口」で飲むのが当たり前になったのは、技術の発展が背景にあるらしい。
 酒に飲まれることなく、水の様にビールを飲みほすドイツ人だが、寒い夜には最後に皆でシュナップスを飲んで、その場を締めるのが大好きだ。所謂高級ブランディーのように、グラスを手で温めながらじっくり香りや味を楽しんで飲むというよりは、まさに一気に勢い良く飲むことで、その場の和を深めてくれるシュナップス。何度か一緒に飲み干し、コートの襟を立てながら、冷気溢れる街へと闊歩していく彼らの後ろからは、白く曇った息が揺らめいている。
(たかもとみさこ・ベルリン在住)

月刊 酒文化2008年12月号掲載