心も体も温まる、英国冬の飲み物

 昨年11月から大雪と記録的な寒波に見舞われ、冬がいつもより早く到来したイギリス。北国の割には雪が降るたびに交通網が大混乱し、学校や職場は早々にクローズしてしまう。そして人々は、家の暖炉に薪をたっぷり燃やし「ウイスキー・マックで暖まろう」とにっこりする。ウイスキー・マックは、風邪を引いた時に飲む酒の定番でもある。ジンジャー・ワインとウイスキーを半々にミックスするだけのシンプルなカクテルだが、甘い中にぴりっとした刺激のあるジンジャー・ワインとウイスキーの組み合わせは、鼻詰まりもすっきり治してくれ、つい飲み過ぎる。
 ジンジャー・ワインは、ショウガとレーズンから作られたアルコール濃度15%くらいの酒だ。薬用だったこの甘い酒にウイスキーを合わせたのは、大英帝国陸軍のマクドナルド大佐で、ウイスキー・マックの名称は彼に由来する。ロンドンのブランド、スートンズの「グリーン・ジンジャー・ワイン」と、個性が強すぎないブレンド物のスコッチウイスキーで作るのが正統派とされる。しかし、ある新聞が読者から「究極のウイスキー・マック」のレシピを集めた所、エドワード王の注文で作られたアルコール41度の「キングス・ジンジャー・リキュール」に、11年物の「ハイランド・パーク」を合わせたものが、ベルベットのような喉ごしで最高という評価を得た。
 悪寒がする時に最適なのは「ホット・トディ」だ。北欧の国々で飲まれる、砂糖湯にアルコールを加えた「グロッグ」の英国版で、ウイスキーとレモンが使われる。地方によっては、湯のかわりに紅茶を用いることもある。
 そしてこの飲み物は、里のウイスキーに高い誇りを持つスコットランド人、アイルランド人のどちらもが「うちこそトディ発祥の地」と絶対に譲らない。こんなふうに紹介すると、風邪薬として飲まれているだけと思いがちだが、アイルランドのパブでは冬の間、思い切りスモーキーなシングルモルトを使ったトディが、ビールよりも売れるそうだ。
 イングランド人は、スコットランド人とパブに行ったら「スコッチ・トディ」を、アイルランド人となら「アイリッシュ・ウイスキー・トディ」を注文し、双方が同席している時はさりげなくイングリッシュ・エールを頼み、と気を使うのだとか。イギリスがひとつの国ではなく「連合王国=ユナイテッド・キングダム」であることを実感させられるエピソードだ。
 ウィンター・ウォーマーと呼ばれるこれらの飲み物には、ほかにもクリスマス名物の「マルド・ワイン」がある。ドイツ圏でグリュと呼ばれるホット・ワインの親戚だ。最も一般的な組み合わせは赤ワインと果汁を温め、シナモンやクローブなどのスパイスを加えたもので、アルコールに弱い向きにも飲みやすい。蜂蜜ワイン(ミード)やエール、発泡リンゴ酒なども使われる。「マルド」という言葉は、アルコールと糖を合わせて温める調理法を指し、昔は、マルド・アイロンという鉄のかたまりを暖炉で熱して、ワインの入った鍋に放り込んだそうだ。食前酒と言えばジン&トニックに限る、と言うイギリス人も、冬にはこのマルド・ワインをすすりながら長く暗い夜を迎えることが多い。
(ふくおかなを:ロンドン在住)

月刊 酒文化2011年02月号掲載