クラフト・ビールを飲ませるバーやパブが人気

 「クラフト・ビール」といえば、オートメーション化された工場で大量生産されるビールとは対極をなす、手づくりビールのことだ。もともとはアメリカで使われていた名称だが、この数年、イギリスでもさかんにクラフト・ビール・ムーブメントという言葉を聞くようになった。
 人工的な添加物を使わず自然素材のみで手間ひまかけてつくられた、というのが共通項であるほかは、すべて独自のレシピというのがクラフト・ビールだ。ビア・フェスティバルで、クラフト部門出展品をパイントグラスに注ぎ並べたら、淡い金色のペール・エールから糖蜜のように黒光りするスタウトまで、茶系統ペイントのグラデーション色見本のように見える事だろう。アルコール度も、最も弱い1.1%から最強55%まで幅がある。フレーバーに至っては、ラズベリーやパイナップル、チョコレート、海藻、薫製肉、と際限なく個性的だ。といっても、単なるウケ狙いで作られたビールはなく、それぞれが究極の味を求めて試行錯誤した結果である。
 90年代の頭にはまだ、マニアだけのものだったクラフト・ビールだがじわじわと人気を高め、今では全国ビール消費量の2%に達している。小規模醸造所への税率緩和実施により、メーカーの営業活動が活発化、さらに新たな醸造所の立ち上げを誘った。パブやバーがこの現象に注目したのは言うまでもない。不況のあおりで多くの人がスーパーの格安ビールを家で飲むようになって以来、パブがどんどん潰れている事は、以前も触れた。このままでは、イギリスに長く培われた貴重な酒文化が損なわれてしまう、という声を受け、政府は昨年「パブ更生プラン」を発表。その中で、多様な銘柄を自由に売ることができるよう、大手ブランドによる専売契約慣習をやめさせることや、ライブ音楽のライセンス緩和をはじめもっと多彩な業態を認めようという提案が出された。流通面で苦労していたマイクロ・ブリュワリー達も、この案に力を得て、積極的に売り込みをかけ始めた。
 スコットランドのブリュー・ドッグ(Brewdog)は、このムーブメントをワンランク上に押し上げたというインディなビール・メーカーだ。24歳の男性二人が作ったビールは4年前に突然、市場に登場した。クラフト・ビールに多い、どこか素人くさい商品とは鮮やかな対照を見せる過激なネームとポップなデザイン、そしてビール通もうならせるこだわり抜いた味と質。広告戦略も巧みだ。ビール業界を知る人でなくても、そこには何か新しいシーンの誕生が感じられ、噂はソーシャル・ネットワークを通じてあっという間に広まった。現在も少量生産主義ながら、18.2%のスタウト「Tokyo★」など9種類以上を日本を含む27カ国に輸出し、スコットランドで最も元気のいいメーカーとなっている。
 昨年10月には、自前のビールを生で飲ませるビール・バーをエジンバラに開店し、これが新しいトレンド・セッターとなった。例えば、ロンドン産クラフト・ビールを中心に置くメイソン&テイラーは、地元に根付いたパブとクールなバーのクロスオーバーとして、若い人で賑わっている。あるいは、サフォーク州の伝統的なパブは、店の裏に醸造所を建て「産地直飲」を売り物に、と変身した。こうして画一的だったパブやバーが変り、たまにはスーパーでは買えないうまいドラフトを飲みに行こうか、という人が増えている。しかも、若い世代に。クラフト・ビール・レボリューションは、まだまだ広がりそうな気配だ。(ふくおかなを:ロンドン在住)

月刊 酒文化2011年07月号掲載