お酒と広告の関係

 イギリスでタバコの広告を見かけなくなってしばらく発つ。テレビからタバコのCMが消えたのは1965年とだいぶ前だが、21世紀にはいってから看板広告、ポスター、雑誌、新聞と規制が進み、2005年にはタバコ会社がスポーツ試合のスポンサーになる事も禁じられた(車のレースF1など例外は続いた)。一時は「シルクハット」というタバコの広告に、絹のスカーフがはさみで切られている「謎かけ」のような写真が使われるなど、苦渋の策も見られたが、それもいつの間にか止まってしまった。現在タバコを購入できる所は、スーパーなどのキャッシャーや有人カウンターだけ。自動販売機は、パブやバーの室内が完全禁煙になってからも店内に置かれていたが、それもこの10月に廃止される。さらには、タバコの箱を真っ白な無地にし、商品名だけをそっけなく印刷したものに、という提案が討議されているところだ。つまり、「タバコ」というものを視覚的にアピールする機会をとことんなくそう、という趣旨なのだ。
 お酒と関係のない話を書いたのは、アルコールが、厳しい広告規制の次の標的になっているからだ。肺がんとの因果関係がはっきりしているタバコと違い、単純に悪者と決めつけられないのがお酒。従って、どんな露出なら認められるのか、という議論は今までもえんえんと続いてきた。問題となっているのは当然ながら、宣伝広告が「飲み過ぎ」と「未成年の飲酒」をうながすという点だ。
 イギリスの酒類業界は、タバコ業界より早くから自主的な広告規制を課してきた。現状では、未成年向けのTV番組でのコマーシャルは自粛され、放映時にも「責任ある飲み方を!」というスローガンが挿まれている。だが、広告塔、印刷物やウェブメディアでの広告はまだ自由だ。民放のテレビ番組、スポーツ試合や各種イベント、コンサートのスポンサーとしても、酒類メーカーの存在は依然として大きい。フランスをはじめとするEU諸国で、より法的な手段で酒類の宣伝を規制しようという動きが強まる中、これに同調する気運がイギリスでも高まっている。乗じて酒類の宣伝やスポンサーシップを、タバコなみに制限しようという法案が昨年提出されると、酒類業界ばかりでなく広告代理店、運送業からサッカーチームまで、サプライチェーンとして関連のある業界すべてが動揺した。
 タバコの広告規制よりはるかに経済的損失の大きいこの法案は、医療関係団体などの熱心な支持にも関わらず、結局は議会を通過しなかったのだった。認められたのは「学校の周辺100m以内に宣伝ポスターを掲げるのを違法にする」という一点だけ。規制推進派は惨敗した。そのかわり政府は飲料、食品業界との間で「リスポンサビリティ・ディール」という合意を取り交わした。それは、国民の健康な食生活を奨励するために、飲食品業界自らがさらに責任ある行動を取る、という公約だ。酒類メーカーが合同で設立したポートマン・グループが運営する「ドリンク・アウェア」は、10億ポンドをかけた啓蒙キャンペーンに加え、ディール同意後さっそく、街頭で若者に「スマートに飲もうよ」と訴えるキャンペーンを展開、携帯電話用のアプリも無料で配布し、お酒をたくさん飲むことはクール、という考え方を改めてもらおうとしている。
 それでも「法規制でなく合意にした政府は甘い」という声が止まない一方、法で縛られなければ、イギリス人はお酒をほどほどにたしなむことすらできないのか、という疑問の声も多い。たしかに、宣伝さえやめれば飲酒にまつわる問題は大幅に減る、という考え方は単純すぎるようだ。自制を持っておいしくお酒をいただく、という能力はすべての大人が持つべき「品格」であって、本当に必要なのは、それを子供が学ぶ事のできる「家庭」だ。と考えていくと、問題は教育から文化にまで及んでしまい頭が痛くなってくる。結局、広告の有無に関わらず、頭痛を癒す一杯のスコッチが必要な日がなくなることはないようだ。(ふくおかなを:ロンドン在住)

月刊 酒文化2011年10月号掲載