ロンドンでおいしい物をリーズナブルな値段で食べたいなら、イギリス料理はとりあえず無視してエスニック料理に行くのが正解である。
一口にエスニック料理店、と言ってもその種類は七〇カ国を越える。なにしろ、大英帝国時代より前から世界の民族がこの国に移住し続けたのだ。同じ出身国同士が何世代もかけて形成して来たコロニーはロンドン中にたくさんあり、異なる食文化をサンプルすることができる。その中からいくつか、お勧めのエスニック料理とドリンクをご紹介しよう。
エッジウェア通りは中近東料理屋のメッカだ。店の看板はアラブ語だけで、まるで異国に紛れ込んだよう。ここでレバノン料理を試してほしい。キベと呼ばれるミートボールや子羊の串焼きなどに合うのはレバノンビールのアルマーザか、茴香の香りのアラック(フランスのパスティスと同類、水で割ると乳白色になる)というお酒だ。
スパイス類は苦手でと言う人は、大小さまざまなベトナム料理店が肩を並べる東ロンドンのキングスランド通り、別名「リトル・サイゴン・ストリート」へ案内したい。高級そうな構えの店でも驚くほど安く満腹になる。さっぱりした汁麺のフォーや、バナナの葉で包み焼いた青魚など辛くない料理も多く、お供には「アジア・ラガー」と呼ばれる、ベトナム、中国、インド、日本のビール。ベトナム米酒は一部のレストランにしかないが日本酒はどこでも置いてあり、燗酒が人気だ。
アフリカからカリブ海の英領ジャマイカへ連れて来られ、さらにイギリスへ渡った黒人たちが持ち込んできたジャマイカ料理には、インド、中国、アラブ料理の影響も見られ興味深い。スパイシーなジャーク・チキンや、アッキーという果実と干しだらの煮込みを、ロンドンの下町に散らばる食堂で味見しながら飲むのは、にんじんジュースで割ったスタウト(黒ビール)やジャマイカ産ダーク・ラムのパンチだ。
西ロンドンのハマースミスからシェパーズ・ブッシュにかけては、たくさんのポーランド食料品店や食堂がある。そば麦を添えたキノコのクリーム煮やニシンの酢漬けなどをきんきんに冷やしたズブロッカやストリチナヤ(ウォッカ)で流しこんでいるのはネイティブ客。そこまで強くない向きは梅ブランディ、スリウォヴィカの炭酸割りを試したい。
最後に、星の数ほどあるインド料理店にもぜひ。ユーストン駅のそばにあるドラムンド通りはベジタリアン・カレー街だ。米を主食とする南インドの野菜カレーやスナック類はインドか日本のラガービールと相性抜群である。対する東ロンドンのブリック・レーンには、小麦を食べる北インドやパキスタン、バングラデシュ系のレストランが軒を連ね、日本人にもお馴染みのタンドーリ・チキンなどを供している。最近はカレーとウイスキーというコンビが注目され、モルトウイスキー協会が、インドとスコットランドの食のマリアージュ・イベント開催などという話をよく聞く。
今や「白人のイギリス人」は、この都市の人口の半分しかいない。世界中の民族の遺伝子を取り出す事ができると言われるくらい、多種多様なエスニシティを擁するロンドン。こんな環境で「イギリスの伝統料理」を求めても、結局は観光客向けの店でぼんやりした味付けのローストビーフを出され落胆するだけだ。ロンドンに来たら、クラフトビールの飲めるパブ参拝の後はぜひ、エスニック料理をお試しあれ。(ふくおかなお・ロンドン在住)