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ギフトで伸びる紹興酒

 原稿を書いている11月末、上海蟹の美味しい季節が去ろうとしている。
 上海蟹は、ハサミに軟毛が密生している河蟹・モクズガニの同類。食べ頃は「九雌十雄」(雌は旧暦9月、雄は10月)と言われ、秋が深まる11月を迎えると、雄のミソがとりわけ濃厚な味となる。
 食べ頃の時期でも、大きさは200〜250gがせいぜい。日本人にとってみればカニと言えばタラバガニやズワイガニであって、それに比べると食べがいのない上海蟹は、疲れるわりには満腹・満足感が薄いのは否めない。
 日本人はこつこつと几帳面で、中国人はおおざっぱ――。と、いかにもおおざっぱな日中比較論がまかり通っているが、この時ばかりはその評価は逆転する。関節という関節が折られはがされ、細い細い足の身までも食べつくす上海人の皿には、形をなしていた頃の上海蟹の2倍以上の高さで殻が積み上げられている。それに対して我が皿を見れば、ほんのおつきあい程度にいじっただけ。焼き魚を美しく食べられないのが日本人として恥ずかしいように、上海蟹の殻をうず高く盛ることができてこそ上海人と言えるのかもしれない。
 前置きがずいぶんと長くなったが、ちまちまと食べ続ける上海蟹に合う酒はやはり紹興酒だ。ざぶりと口に入ってくるビールでは味わいがないのもあるが、中医学的に言ってもよくない。淡水蟹は中医学では体を冷やす「陰性」の食物。よって蟹料理を食べるときには、必ず生姜や紹興酒などの「陽性」の物を口にして、お腹を中和させなければならない。蟹料理の最後に生姜湯が出てくるのもそのためだし、蟹入りショーロンポーの黒酢だれに千切り生姜がそえられるのもそういう理由だ。
 上海蟹の老舗レストランとして有名な王宝和もそもそもは紹興酒醸造から始まった店だ。今も紹興に工場があり、蟹料理専用の紹興酒も造っている。紹興酒ありきのレストランだったわけだ。
 紹興酒は、中国の醸造酒である黄酒の代表格。店での注文も「紹興酒を」と言うよりも、「黄酒を」と言ったほうが通りがいい。地元紙の報道も、紹興酒ではなく黄酒という書き方だ。紹興酒という名も厳密に言えば、紹興の鑒湖の湧き水を使い、製造後3年以上の貯蔵期間を経て製品化したものだけに許されている。
 その地元紙によれば、紹興酒の上海市場は年間30億元(約390億円)。09年は前年比10%の伸びになりそうだという。ワインやビールなど洋風化している傾向の中で、10%の伸びというのに意外な印象を持ったのだが、市場を活性化しているのは贈答用だった。一般消費者に売れているのは20元(約260円)前後の価格帯のものだが、贈答用となると200元(約2600円)以上の高級なものが好まれる。年齢層もかつては50代が紹興酒のけん引役だったが、最近は35歳にまで若返っている。日本に比べて若い経営者の活躍が目立つ上海では、贈答文化を担う層も若年化しているのだ。
 変化と言えば、最近の宴席では「話梅」を見なくなった。話梅とは、中国の梅干しのこと。日本と異なり、甘い味付けだ。もとは蔵元が「うちの酒ではお口に合わないかもしれないので、話梅でも入れて下さい」と謙遜で出した代物だそう。氷砂糖をいれて飲んだなんていう話も聞くがそれも、酒の品質にばらつきがあった頃の名残りだろう。
 上海蟹を食べると、ふだん忘れている紹興酒の美味しさを思い出す。呼び水のようで無性に飲みたくなってくる。それもできることなら、紹興で。一度甕だしを飲むと、どんなに大層な瓶に入った高級品であろうと瓶詰めは飲みたくなくなる。上海でも甕だしを飲めないわけではないが、やっぱり本場がいいし、魯迅の『「孔乙己』にも出てくる老舗の居酒屋「咸享酒店」でなければ。茶碗に入った飴色の紹興酒に、ウイキョウ豆と臭豆腐。いつもなら遠慮したい臭豆腐も、咸享酒店で紹興酒と一緒となれば話が違う。秋が深まると、紹興酒の郷へ行きたくなってくる。
(すどうみか:上海在住)■

月刊 酒文化2010年01月号掲載