フィリピンの首都マニラから

 東南アジアの多くの国では、ビールに氷を入れて飲む習慣がある。冷蔵庫がなく、冷えていない常温のビールを冷たく飲むための知恵なのだというが、定着しすぎて、きちんと冷えたビールの出てくる都市部のレストランでさえ、問答無用に氷を放り込む人が多い。
 フィリピンの酒といえばなんといってもサンミゲル・ビール。もともと日本のビールに比べて薄めなのに、氷を加えるとさらに味は薄まり、暑いフィリピンにはぴったりだ。
 初代サンミゲルは「ピルセン」と呼ばれ、三三〇㎖の茶色くぼってりとした瓶。それ以外のものは、なぜか縦長の細長い瓶に入っている。女性が好むのは、カロリー控えめ(といわれている)サンミゲル・ライトで、非常に軽い。ほかに、茶色のロゴのスーパードライ、青とシルバーのロゴが印象的なストロングアイス(アルコール度数六・三%)、そして三年ほど前に発売されたちょっと高価なサンミゲル・プレミアム、さらには、フレーバー付きのサンミゲル・アップルとサンミゲル・レモンがある。いずれも市中のコンビニエンスストアで購入できるので、フィリピンに行かれる方はぜひ一つずつ飲み比べていただきたい。
 なお、中華系のコファンコ財閥が抱えるサンミゲル・グループは、ビールだけでなく、清涼飲料水や食料品も扱う。しかしこのサンミゲル、二〇〇八年にはビール事業株のほぼ半分を日本のビール製造大手・キリン・ホールディングスに売却した。
 サンミゲルの次に飲まれているビールは、同じくサンミゲル社から出ているレッド・ホース。ボトルに「EXTRA STRONG」と書かれているとおり、なんとアルコール度数七%で、「すぐ酔えるので貧困層の味方」ともいわれている。実際に、フィリピンの貧困層は、安く酔う方法を編み出すことに余念がない。フィリピン産ラム酒「タンドゥアイ」、ジンの「ヒネブラ」、ブランデーの「マタドール」などは、いずれも七五〇㎖瓶で一五〇円程度の安酒である。コーラで割るのが鉄板だが、それに栄養ドリンクを混ぜ、血管に早く吸収されるようにして飲む強者もいる。
 ただ、フィリピンの誇る「タンドゥアイ」は決して安物だけでなく、一五年ものの「プレミアム」版も出している。ほっそりした美しい瓶と、プラスチックの透明な箱に入って、少し高級なスーパーのリカーショップや空港の免税店に並んでいる。香りがよく、ロックや水割りで楽しめる高級な味。こちらは七五〇㎖で六〇〇円ほど。日本人にとっては、それでも十分安い。マニラでトランジットされることがあれば、ぜひおすすめしたいお土産の一つである。
 最後に。暑い日に氷をたっぷり浮かべた薄いサンミゲル・ビール以外にもうひとつ、筆者がマニラでもっともおいしいと思う、とびきりのお酒をご紹介したい。ビジネス街マカティのショッピング・モールにある「カフェ・ハバナ」というバーのモヒートだ。よく冷えたホワイトラムに、たっぷりのスペアミント。どこのラムかと何度も尋ねたが、毎回、「タンドゥアイの普通のラムだよ」との答えが返ってくる。「メチルアルコールじゃないか」とさえ揶揄されるあの安物ラムが、果たしてこんなにおいしくなるのだろうかと驚いてしまう。音楽センス抜群のフィリピン人によるライブ演奏、バナナをうまく調理したおいしいキューバ料理、そして、歌とお酒に盛り上がるラテン気質のフィリピン人たちのつくり出す雰囲気が、マニラのモヒートを引き立てる魔法だろうか。
(きばさや・バンコク在住)
2014年特別号上 掲載

月刊 酒文化2014年06月号掲載