フィリピンの田舎酒トゥバとランバノッグ

 フィリピンの田舎の宴会には「トゥバ」と呼ばれるココナツ・ワインが欠かせない。マニラではお目にかかれない「田舎酒」で、特にルソン島南部、フィリピン中部のビサヤ地方と呼ばれる島々で愛されている自家醸造酒である。田舎道を車で走っていると、プラスチックのタンク(通常はガソリンを入れる)に入った紅い液体が軒先に並んでいるのが目に入る。一ガロン約三〇ペソ(一五〇円)〜と激安である。
 だが、トゥバの製造は意外と手間がかかる。ココナツジュースを取り出して酵母菌を混ぜて発酵させるのではなく、木の上で自然に発酵させるのである。トゥバ職人(マナンギティと呼ばれる)は毎日木に登り、ココナツの先端に傷をつけ、その下に受け皿として別のココナツの殻やペットボトルなどを木にくくりつけて固定し、椰子の葉などで樹液の道筋を作り、雨水が入らないように覆いを掛ける。切り口から少しずつ落ちる白い樹液のようなものが自然発酵して酒になるのだという。マナンギティは毎日数回木に登って状態を確認し、新しい傷をつける。
 これを濾過した直後の液体は、マッコリのような乳白色をしている。それに「トンゴック」と呼ばれるマングローブの樹皮(お茶の葉のように見える)で、ロゼワインのような色と飲みやすくなる味を付けて完成である。アルコール度は五%程度か? どんどん発酵が進み、採取から数日で酢になる。
 フィリピンの人々にとって、ココナツは、ジュースを飲み、果肉を食べ、ミルクやオイルを絞り、殻をタワシや入れ物に利用し、幹は木材としと、余すことなく有効に使い切れる身近な植物だ。ココナツが栄養満点だからトゥバも身体に良いと信じている人が多い。
 このトゥバの製造過程はおよそ清潔とは言えない。誰も発酵容器を消毒などしないし、きちんと洗って使っているのかも怪しい。樹液を採取している最中に虫やトカゲなどが侵入することもあるという。
 トゥバを蒸溜して焼酎にしたものは「ランバノッグ」と呼ばれる。これは市販されており、ほとんどの製品には醸造用アルコールが足されている。お土産用に瓶に南国らしい装飾を施したものや、さまざまな色に着色されたものもある。かき氷のブルーハワイのような色をした真っ青のものは「バブルガム・フレイバー」で、非常に人工的な味がする。
 トゥバはそのまま、あるいはコーラなどで割ってジュースやビールのように飲む。ランバノッグは氷やソーダで割り、一つのコップに注いだものを皆で回し飲みすることが多い。いずれもビールより安く、田舎では好んで飲まれている。
 コメがないと食事ではないと信じているフィリピンの人々は、お酒を飲みながらコメを食べる。さらに、フィリピン料理は他の東南アジア諸国の料理に比べてスパイスが少なく、味付けが甘い。よく甘いトゥバを飲みながら白いごはんを食べたり、甘い味付けの肉料理を食べたりできるなと驚くと思うが、郷に入っては郷に従えである。
(きばさや・バンコク在住)
2014年特別号下 掲載

月刊 酒文化2014年10月号掲載