ラオスの首都ヴィエンチャンから10時間。峻険な山々の斜面に切られた山道をバスは走っていく。道中、黒光りする竹籠を背負った山岳民族の人々と何度もすれ違いつつ、やがてメコン川のほとりに位置するルアンパバーンに到着する。古くは「百万の象の国」と讃えられたラーンサーン王国の王都だ。今は世界遺産に登録され、多くの観光客を惹きつけている。
王宮前の通りは夜になると夜市が立ち、お土産用に小さな瓶で酒が売られている。焼酎ラオカーオやどぶろく酒ラオサートー、さらには蛇やサソリなどを漬けたヤードンなどの地酒も珍奇なものを求める観光客の目を引く。ただこれらの酒はルアンパバーン市内ではつくられていない。生産地はルアンパバーンから20�劼曚彬未砲△襯汽鵐魯ぢ爾任△襦�この村の船着き場のそばにあるウンカム氏の店は自称300年の老舗だ。人懐っこい笑顔でひょろりとした風貌のご主人ウンカム氏は来る人に酒づくりの説明をしている。
焼酎のつくり方は至ってシンプルである。蒸餅米と酵母、さらにすりつぶした薬草サムローンの葉を壺に入れて放置しておく。10日ほどで甘いどぶろくが完成する。これをドラム缶で作った蒸溜器に流し入れて、加熱、冷却すると、焼酎が管から流れ出てくる。アルコール度数を測ると60度辺りを指している。ウンカム氏がニッコリと笑いながらスッと焼酎の入った杯を差し出す。ほのかに湯気を立てるつくりたての焼酎はえぐみが無く、飲みやすかった。
ラオスに行ってどうしても飲みたかった酒があった。それは山岳民族カム族の壺酒ブッガドーンだ。本の中では山岳民族との友好のしるしに飲む酒として紹介されている。壺の中に水を注ぎ、竹のストローを挿して数人でチュルチュルと飲むのだ。供応供飲、なんともわかりやすい友好のしるしだ。そこでバイクをレンタルし、ルアンパバーン南郊外のカム族の集落に行ってみた。方々で聞いて回って、ようやく行き着いたカムの村ではタイの大学を卒業したというスリ青年が壺酒の店を教えてくれた。彼によるとラオス正月に各家で自作して飲む酒なので、売っているのは珍しいのだという。
店には大小の黒い壺が売られていたので小さな壺を買う。壺から灰で作った蓋を取り、竹で作ったストローを突き挿し、水を加える。味はラオサートーに近い、甘酸っぱくてうまい。吸い尽くして酒が無くなると、ドブドブと水を注ぎ足す。これを酔っぱらって飲めなくなるか、薄くなるかするまで続ける寸法だ。
この壺酒の特徴は籾付きの米と精米の両方を混ぜて使うことだ。精米の量を多くすると味が酸っぱくなるという。米を水に漬けてから1時間ほど蒸す。蒸米をたらいに入れて酵母と混ぜ、2〜3日置く。その後、壺に入れて発酵させ、1週間ぐらいで飲める。栓をしておけば、1年ぐらいはもつという。「まあ、1週間残っていることが珍しいけどね」と青年は笑う。
夕方、カムの村から戻り、バイクを返しにルアンパバーン市内にいくと、今年で61歳になるかつて王宮で侍従をしていたというバイク屋のご主人と話し込んだ。話が酒の話に至ると「どぶろくか。かつてここで母がつくっていたよ。今はもうつくってはいないけどね」と、母のつくった甘いどぶろくの味を懐かしむように目を細めた。
（にしだまさゆき・タイ在住）
2015年秋号掲載
