ビールからコングロマリットへ サンミゲル物語

フィリピンのビールと言えばサンミゲルだ。製造は地元企業のサンミゲル・ブリューワリー。日本のキリンホールディングスが二〇〇九年に約一一二〇億円を出資し、現在は四八・三九%の株式を保有する。
 筆者が初めてサンミゲル・ビールを飲んだのは二〇〇四年である。当時はマレーシアの日本大使館に勤めていたが、マニラに出張する機会があった。ひと仕事終えてフィリピン料理レストランで一杯。私のモットーは「現地主義」であり、迷い無くローカルビールのサンミゲルの「ピルセン」を注文した。東南アジアのビールにありがちだが、日本のビールに比べると、コクもキレも弱い。
 サンミゲルは徐々に様々な味を用意するようになった。今では一〇銘柄まで増えている。最近の筆者のお気に入りは、黒ビールの「ネグロ」だ。豊かな香りが感じられ、しっかりした味が楽しめる。
 このような多様化には、急速な経済発展が関係している。二〇一〇年に大統領に就任したベニグノ・アキノ三世は財政改革に取り組み、高度成長を実現した。人々は豊かになりライフスタイルが変わり始め、食の多様化も進んだ。
 サンミゲル・ビールはスペイン統治下にあった一八九〇年から製造が始まった。一八九八年に米国統治下となると一九一三年には香港、上海、そしてグアムへの輸出が始まる。植民地化されると産業は資源や商品作物に偏り、モノカルチャー経済になりやすいが、フィリピンは製造業が比較的盛んであった。サンミゲル・ビールは東南アジアではかなり伝統のある商品なのだ。
 その後、サンミゲルはビールから食品とパッケージの製造へと事業を拡大した。一九六三年にサンミゲル・コーポレーションに改名し、現在は、電力、石油、エアライン、インフラなど様々なビジネスを手がける、フィリピンの一大コングロマリット企業に成長した。米国ビジネス誌フォーブスのフィリピン版が発表したフィリピン長者番付によると、コファンコ会長(八一歳)は一一億ドルの総資産を持ち、第二〇位にランクインしている。
 現在のサンミゲルは、燃料・石油から収益の約五割を得ており、ビールを含む飲料は一四%と三番目だ。大きく変貌する同社のビジネスのなかで、ビール部門は二〇〇七年に設立されたサンミゲル・ブリューワリーが手がけるようになる。海外にも製造拠点を拡大し、中国、香港、ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシアでまで広がっている。
 フィリピンのマニラまで東京から四時間三〇分。マニラには世界遺産のサンオウガスティン教会など美しいキリスト教建造物が多く、同時に急速に発展する若い国のパワーを感じることもできるだろう。セブ島やエルニドなど美しいリゾートも沢山ある。美しい海を見ながら、サンミゲルが注がれたグラスをゆっくりと傾ける……。日本の忙しい日常から逃れて、のんびりと休日を過ごしてみてはいかがだろうか。
(かわばたたかし・シンガポール在住)
2016年特別号下掲載

月刊 酒文化2016年10月号掲載