サッカーがつなぐ日本とタイのビジネス

 サッカーチームには、酒、特にビールメーカーがスポンサーであることは珍しくない。今回は、ビールとサッカーがつないだ日本とタイのビジネスを取り上げたいと思う。
 東南アジアでは、サッカーが一番人気のスポーツだ。そのなかでもタイはサッカー熱が高く、「観戦するのが好きなスポーツは?」という問いに、五六%が「サッカー」と回答し、東南アジアで最も高かった。
 タイの大手ビールメーカーであるシンハービール。タイに行けば、一度は飲む機会がある超有名ビールだが、最近は日本でも手に入りやすくなった。かつて日本では、タイ料理レストランやエスニック食材店でしか買えなかったが、最近はごく普通のスーパーでも購入できる。シンハービールは日本語版ホームページも用意しており、日本市場にかける意気込みを感じる。
 シンハービールの日本市場拡大には、サッカーが関係している。シンハービール社は二〇一五年九月、セレッソ大阪のユニフォーム・スポンサーとなることを発表した。サッカーチームにとってこれは、最も重要なスポンサーを意味する。セレッソ大阪にとって同ランクのスポンサーは、ヤンマー、日本ハム、プーマ、レッドブルが名を連ねる。シンハービールは、サッカーを通じたブランディングで日本市場への浸透を加速させようとしているのだ。
 もう一つビールとサッカーが関係する話がある。セレッソ大阪のスポンサーであるヤンマーに関連したエピソードだ。ご存じの通り、ヤンマーは大手農機具メーカーであり、タイはコメを中心とした農業大国だ。ここでシンハービールが再び登場する。シンハービールの瓶は、バンコク・グラス・インダストリーという、シンハービールのグループ企業が製造している。バンコク・グラス・インダストリーは、その名もずばり、バンコク・グラスというサッカーチームを保有している。このバンコク・グラスにヤンマーがスポンサーとなっているのだ。
 これにどのような意味があるのか整理しよう。タイの就業人口のうち、なんと三割は農民だ。大都会となったバンコクとは裏腹に、タイはほかの東南アジア諸国と比べても、農業人口比率が高い。農村部ではテレビのサッカー中継が数少ない娯楽の一つである。ヤンマーはサッカー場で走り回るバンコク・グラスの選手たちのユニフォームを通じて、企業ブランドを浸透させたいのだ。
 一方、シンハービールは日本市場で拡大したい。ヤンマーはタイ市場で拡大したい。そうした両者の思惑がビールとサッカーを通じて一致した。多額の金額を提供するスポンサーを獲得できたセレッソ大阪とバンコク・グラスもご満悦である。
 ビールとビール瓶がサッカー界を通じて、日本とタイ企業のビジネスを後押ししているユニークな事例と言える。スーパーやタイ料理レストランでシンハービールが目に止まったら、ビールが仲を取り持った日本とタイのビジネス交流に思いをはせてみてはいかがだろうか。
(かわばたたかし・シンガポール在住)
2017年特別号上掲載

月刊 酒文化2017年05月号掲載