中国ビジネスと白酒

 日本人が中国でビジネスをするに当たっては、白酒宴会の洗礼は避けては通れません。中国企業が催してくれる宴会では、円卓に座っている人全員から、何かと理由をつけて、干杯(かんぺい)の集中砲火を浴びることになります。

総経理「では、中日の友好と両社の益々の発展を祈って、干杯!」
全員「干杯!」
張「柳田先生。まず一杯飲んでください。それから私と干杯しましょう」
柳田「そうすると私が二杯で、張さんが一杯になりますが」
張「そうです。これが山東省の風習です。『郷に入っては郷に従え』です。はい、干杯!」
柳田「か、干杯」
張「あ、魚料理が来ました。魚の頭が柳田先生に向いていますので、柳田先生は三杯飲んでください」
柳田「さ、三杯ですか」
張「魚の尾が向いている王さんは四杯飲みます。これが『頭三尾四』という風習です」
王「柳田先生。干杯!」
柳田「か、干杯」
総経理「柳田先生は何年生まれですかな」
柳田「六六年です」
総経理「六六年といえば、営業部の李が六六年生まれです。小李、柳田先生と干杯しなさい。そうだな、六六年だから六杯干杯しなさい」
柳田「ろ、六杯ですか」
李「柳田先生。干杯!」
柳田「うう、干杯(涙)」

 白酒の干杯には小さな杯を使うとはいっても、アルコール度数が五〇数度もあるお酒のストレートですし、一〇杯も二〇杯も干杯すれば、結構な量を飲むことになります。中国ビジネス初心者の日本人は、言われるがままに飲んでしまいますし、言葉が通じないので、中国側の誰かと目が合うたびに何かと理由をつけて干杯させられてしまいますので、ほぼ一〇〇%、酔いつぶれてしまいます。
 このため、日本人の中には、この白酒宴会を極端に嫌ったり、怖れたりする方がいらっしゃいます。しかし、こうした白酒宴会には、それなりの意味があるのです。
 中国社会は過去何千年にもわたって、ずーっと不安定な時代が続いてきました。このため、中国の人たちは「信じられるのは身内だけ、それ以外の人はみんな敵」という意識が非常に強いです。それは現代のビジネスの世界でも同じで、身内との取引では、赤字が出ようが何をしようが、約束は必ず守るのですが、それ以外の人たちとの取引では、平気でお金を払わなかったりします。
 ここで言う身内とは、親兄弟や親戚だけではなく、友達や取引先の中でお互いに心を許せる間柄の人たちをも含みます。白酒宴会は「一緒に杯を交わして、身内同士になりましょう」というインビテーションなのです。
 では、白酒をたくさん飲めないと中国ビジネスはできないか、というとそんなことはありません。白酒宴会の本来の目的は、「白酒」という触媒を通じて、お互いが身内同士になる、ということですから、自分の飲める量だけ飲んで、後は「私、あまりたくさん飲めないので……」と干杯をお断りしても、全く問題はありません。
 中国ビジネスの世界では、白酒はなくてはならない重要なビジネスツールなのです。
(やなぎたひろし:北京華通広運投資顧問有限公司社長、北京在住)

月刊 酒文化2006年07月号掲載