中国の宴会は白から赤へ

 白酒はアルコール度数が高く、毎日宴会で干杯、干杯していると、当然、肝臓を壊します。ですので、毎日のように白酒宴会をしている国有企業の総経理(社長)は、かなりの確率で肝臓をやられています。しかし、総経理が「飲めません」では宴会は盛り上がりません。そういう場合には水杯で干杯します。国有企業御用達のレストランは、その辺、よーく心得ており、ウエイトレスは、総経理の杯に注ぐときだけ、水の入った酒瓶で注ぐのです。
 白酒は無色透明ですので、一見、水との見分けはつきません。しかし、飲んだ後の杯を見れば、それが白酒なのか水なのかを判別することができます。水は白酒ほど粘度がありませんので、水滴が杯の底に落ちてしまうのです。
 ただ、総経理が水で干杯をしているのを発見しても、「ずるい!」などと言って、それを指摘してはいけません。白酒宴会は酒飲み競争ではなく、「一緒に杯を交わして身内になる」ための儀式。そこは肝臓が悪いのに一生懸命宴会を盛り上げようとしている総経理のメンツを立ててあげて、ありがたく干杯させて頂くのです。
 会社によっては、「総務部干杯担当」みたいな人が宴会に出てきて、総経理の代理で干杯をすることもあります。この「総務部干杯担当」、昼間は全然元気がないのですが、夜、宴会が始まると急に生き生きとしてきて、宴会を仕切り始めます。日本で言う「五時から男」のようなものですが、彼らは総経理の代理で干杯するためだけに雇われているだけあって、その酒量は底なし、飲んでも飲んでも酔いつぶれることはありません。
 中国の宴会には欠かすことのできないお酒、白酒。しかし、最近は、北京、上海などの大都市を中心に白酒が敬遠される傾向にあります。
 一つの理由は、中国の人たちも、豊かになるにつれて、健康志向の人が増えてきているためです。メンツのために肝臓を壊すようなことはもうやめましょう、ということです。
 もう一つの理由は、穀物の塊である白酒は、国内の食糧資源の浪費である、ということで、政府機関や国有企業を中心に、白酒自粛の動きがあるためです。中国の田舎で、明日食うものがなくて困っている農民がたくさんいるのに、共産党の幹部が宴会で、白酒をガバガバ飲んでいては、示しがつかないのです。
 では、大都市の宴会では何を飲んでいるのか、というと、最近は、干紅(ドライの赤ワイン)を飲むことが多くなっています。
 干紅ならば健康にも良いですし、食糧資源の浪費にもなりません。中国の宴会で飲まれるお酒は、白から赤へと変わりつつあるのです。
 ただ、その飲み方は、氷を入れたり、スプライトで割ったりと、決して上品な飲み方ではありません。中国におけるワインは、たくさんのソムリエがいる欧米や日本のような、文化的で奥の深いお酒、というものではなく、「アルコール入り清涼飲料」ぐらいの位置付けなのです。
 これは、中国産のワインにおいしいものがほとんどない、ということにも原因があります。河北省や山東省などでワインが作られ、お値段も一本二〇元(三〇〇円)前後とお手軽なのですが、輸入物のワインと飲み比べると、どうしても底の浅さを露呈することになってしまいます。
 中国で中国人のソムリエが誕生し、ソムリエと相談しながらその日の料理に合わせてワインを選ぶ、なんていうことになるまでには、まだまだ長い時間がかかりそうです。
(やなぎたひろし:北京華通広運投資顧問有限公司社長、北京在住)

月刊 酒文化2006年08月号掲載