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中国ビール戦国時代

 中国は現在、世界一のビール消費量を誇ります。しかし、中国の人たちがビールをたくさん飲むようになったのは、結構最近のことで、私が北京に来た一〇年前、中国の人たちはあまりビールを飲みませんでした。日本では「とりあえずビール!」なのですが、中国では「いきなり白酒!」だったのです。
 そして、中国の人たちはビールを飲んだとしても、そのビールは必ず常温でした。以前、私が中国料理のレストランで食事をしていた時、隣のテーブルのお客さんがえらい剣幕でウエイトレスを怒鳴りつけていました。よくよく聞いてみると、どうやら何かの間違いで冷たいビールを出されて怒っているようでした。曰く「オレが腹をこわしたらどうしてくれるんだ!」。
 「ビールは冷たいもの」というのが常識の私たち日本人からすると、「なんで冷たいビールを出されて怒るんだろう?」と思うのですが、当時の中国ではビールに限らず「冷たいものを飲むとお腹をこわす」というのが常識でしたので、ビールも常温が当たり前なのでした。
 今では、中国でも冷たいビールを飲む人が増えてきましたが、常温のビールを好む人もまだまだ多いです。このため、最近は、中国料理のレストランでビールを注文すると、「冷たいのですか?、常温のですか?」と訊かれます。日本では「ビール」を注文すれば、有無を言わさず冷たいビールが出てきますが、中国ではどちらか選ぶことができるのです。
 さて、日本人にとって、中国のビール、と言えば「青島(ちんたお)ビール」ですが、中国には「青島ビール」以外にも様々なビールがあります。日本のビール市場は四社の寡占状態ですが、中国のビール市場はその土地土地にビール会社がある、という群雄割拠状態です。
 しかし、最近のビール消費量の増加に従い、中国のビール会社は、地元のシェアを守るだけでなく、他の都市へも攻勢をかけはじめました。中国は各地のビール会社が入り乱れての「ビール戦国時代」に突入しつつあります。
 例えば、私が住んでいる北京では、従来、「燕京(いぇんじん)ビール」というビールが約九割という圧倒的なシェアを誇っていました。
 しかし、二年後にオリンピックを控え、今後、ビール需要の大きな伸びが期待できる北京市場を狙って、燕京ビールのシェアを食うべく、アサヒビールの資本が入った「北京(ぺいじん)ビール」、山東省の「青島ビール」、遼寧省の「雪花(しゅえほあ)ビール」などが、大攻勢をかけています。
 こうした各社の大攻勢は、中国料理のレストランに行くとよくわかります。各ビール会社は、セールスプロモーションの一環として、レストランに色とりどりのユニフォームを来たキャンペーンガールを派遣します。キャンペーンガールはお客さんが来て料理の注文をすると、ずっとウエイトレスの横に立って、自社のビールを注文してくれるよう無言のプレッシャーをかけてきます。確かに、「雪花ガール」がそばに立っているのに、「燕京ビール一本!」とは頼みづらいですわなぁ。
 規模の大きなレストランになると、各社のキャンペーンガールが入り乱れており、お互いライバル意識剥き出しで、新規のお客さんが来るのを、虎視眈々と狙っています。北京の中国料理のレストランでは、こんな各ビール会社のキャンペーンガールによる「代理戦争」が、毎晩のように繰り広げられているのです。
(やなぎたひろし:北京華通広運投資顧問有限公司社長、北京在住)

月刊 酒文化2006年09月号掲載