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ダイヤモンドの町の老舗パブ

 南アフリカはダイヤモンドの産地として有名です。19世紀後半にダイヤ鉱脈が発見され、ダイヤモンドラッシュが沸き起こりました。ヨハネスブルグから西へ470キロ、その舞台となったキンバリーを訪れました。「ダイヤモンドは永遠の輝き」とはデビアス社のCMで使われた言葉ですが、同社が巨額の富を築いたのもここキンバリーが始まりです。
 キンバリーの町に到着して真っ先に向かったのがビッグ・ホール。人間の手で掘られた穴では世界最大です。直径463メートル、深さ215メートルで、この穴から2,722キロのダイヤモンドが採掘されました。今は地盤が緩くなっているため穴には近づけませんが、隣接する博物館の展望台から眺めることができます。恐る恐る穴を見下ろすと想像以上に傾斜が厳しく、吸い込まれそうになります。この穴は人間の欲望の深さにも例えられますが、坑夫たちは一攫千金を夢見て無心で穴を掘ったことでしょう。
 さて、お腹もすいてきたところで、何を食べようかとタウンガイドを開くとパブツアーの広告が目に留まりました。キンバリーは人口約14万人の小さな町ですが、そこに15件ほどのパブがあるようです。そのなかの1つ、ハーフウェイハウス・パブの宣伝に、「The Only Drive-in Pub in the World(世界で唯一のドライブイン・パブ)」と書かれています。ドライブイン・パブとはどういうことか想像もつきませんが、興味本位で行ってみることに。確かに、そのパブには車がたくさん並んでいます。しかし、車を停めてもウェイターが来るわけでもなく、ドライブスルーの窓口も見当たりません。結局、車を降りてパブに入りました。
 古い外観に似合わず、中では大勢の若者たちがお酒を飲みながら大騒ぎ。人ごみをかきわけてようやく探しあてたオーナーに話を聞きました。オーナー曰く、「駐車場に車を停めてヘッドライトを2回光らせるのがドライブインの合図。それをみたウェイトレスが車まで駆け寄り注文をとる」という仕組み。客は自分の車でリラックスしてお酒を飲むことができるそうですが、「今は珍しくもなんともなくなったから外でオーダーする客はほとんどいない」とのこと。試してみたいかと聞かれましたが、いくら日本より規制が緩いとはいえ飲酒運転には抵抗があります。次回は歩いてくるからと言って別れを告げたものの、考えてみればドライブイン・パブに歩いていくのも変な話です。
 かつてダイヤモンドラッシュで栄えたキンバリーの町は、鉱山の閉鎖によって活気を失いました。人口の減少とともに経営が苦しくなったパブもあります。一方で、盛衰の歴史のなかで130年以上続いているパブもあります。こうした老舗パブは人々の心の拠り所としてキンバリーの町にひっそりと息づいています。
(たかざきさわか:ヨハネスブルグ在住)■

月刊 酒文化2009年07月号掲載