∽∽∽--------------------------------∽∽∽

諦めないでチャレンジ! バーテンダーになるための40時間コース終了

 かつてニューヨーク・バーテンディングースクール1日体験コースに参加して、心が折れた思い出がある。参加者は皆若い世代。飲み込みも早い。両手でボトル2本の口を押え、グラスに注ぎこむ慣れた手つきはプロのようだ。私には無理。体力もない。バーカウンターそのものの雰囲気に気後れもする。やる気に満ち溢れる若者とは対照的に、諦めモードで退散したのであった。
 時は移り変わり、コロナ禍が延々と続く世の中。この先、なにがどうなるかわからない。万一のために何か資格を取っておこうと思ったとき、バーテンダーが頭に浮かんだ。時間もあるし、再挑戦してみようか。いくつになってもチャレンジできることを同年代にも知らしめたい。
 意を決し、メールで丁寧に応対してくれた、ABCバーテンディングスクールの門をたたいた。
 タイムズスクエア近く、小さなビルの6階にある。ニューヨークバーテンディングスクールは、本物のバーカウンターのような重厚な雰囲気だったが、こちらはいかにも実習場という感じで明るく解放感があり、ほっとした。コロナ禍もあり、生徒も私以外に2人だけ。月曜日から金曜日まで午前中4時間(実際は3時間半ほどで終わる)の2週間コースである。最後は筆記試験と7分間で10種類のカクテル+ショットづくりの実技試験がある。それにパスして晴れて修了書を受け取ることができるのだ。
 まずはバーカウンター作業場に備え付けられたスピードラックと洗い場の3システムタンクの名称を覚えることから始まる。加えてグラスの名前は必須。
 そして毎回次々出題されるカクテルの名称とレシピ。スクリュードライバーや、ベイブリーズ、グレイハウンドのようにウォッカとフルーツ系をミックスするものならまだ簡単だが、トム・コリンズなどサワーベースのカクテルからまごついてきた。種類が多すぎる。例えばLBT(ロングビーチティー)は、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、トリプルセック、サワー、クランベリーと7種類でつくるのだ。
 試験までに、このレモンベースのサワー系、食後のクリーム系、ちょっと強めのマティーニ系、ラムベースのトロピカル系など、計70種類のレシピを頭に叩き込む。
 今でも先生の出す問題、「レット・ミー・ハブ〇〇!」(〇〇をつくって頂戴) というフレーズが頭から離れない。
 特に一度に3種類のオーダーを言われると、一瞬頭が真っ白になる。
 「カティサークのドライロブロイをロックで、カサミーゴのマルガリータはストレートアップ、4ショットワシントンアップル」く、苦しい。
 作業中にストローをばら撒き、グラスをひっくり返し、コリンズグラスと勘違いをして、いつの間にかミキシンググラスで出していたり。マンハッタンはかきまぜるのにシャカシャカふって、「そこ、シェイクしない!」とすかさず先生に止められたり。マティーニグラスでつくったブルーカミカゼの量が少なすぎてこっそり水で薄めたり、気がついたらバーカウンターまでグレナディンを飛ばして汚くしていたりとハプニングの連続。
 (余裕、余裕、次は何?)と調子よくいく日もあれば、3杯のオーダーを聞き逃して1杯しかまともにつくれず、落ち込んだ日もあった。一方で、レシピやお酒の種類、ブランド名などはひたすらカードに書き込み1問1答形式で暗記。ビールやワインの基礎知識、お客さんが酔っぱらったときの対応、未成年(21歳未満)を見極めるコツ、起訴され裁判沙汰になったケースも学んだ。
 こうして最終日を迎えた。まず筆記試験が3ページ。採点後「オーケー、アナタ100%の出来だわ」(え、スペルもいい加減だったと思うんですけど)。
 実技は口頭の場合もあるが、今回はあらかじめオーダープレートが渡され、記された10種類のカクテルを7分で完成させる。大事なのは分量の正確さではなく、スピードだ。バーカウンターが高いため、ヒールの高い靴をはいてスピードを維持できる工夫も試みた。出来上がると先生が何を使ったか、材料を尋ねていく。前日、マイタイのラムの種類を1種類間違えていたので緊張したが、今回は間違えることなくすべて正確に言えた(先生が私の発音を理解したかは別として)。
 念願のバーテンダー修了書をゲットして帰路につく。4年前を思い出すと感無量。幾つになってもチャレンジできることがわかって晴れ晴れとした気持ちになる。これでどこかで雇ってもらえるかはまた別の話であるが。
(あおきたかこ・ニューヨーク在住)
2021年春号掲載

月刊 酒文化2021年03月号掲載