ボルドーの最先端のエコシャトー

 ダニエル・カティアール氏はフランスの元チャンピオン・スキーヤー。一九七〇年代に家業を引き継いだ後、スポーツ用品チェーン店を展開して大成功した。すると、一九九〇年にチェーンを売却して、夫妻で五世紀以上の歴史のあるワイン畑、シャトー・スミス・オー・ラフィットを購入した。夫妻は最新技術と伝統的なワイン醸造法を見事に調和させ、ワインの質も向上、ロバート・パーカー氏は二〇〇四年の赤に九四点をつけ、さらに二〇〇九年ミレジムに一〇〇点満点をつけた。
 ボルドーの銘醸地グラーブのペサック・レオニャン地区を代表するワインを産するようになったこのシャトーの敷地内には、現代アート作品があちこちに配置されており、さながらオープンエアの現代アート美術館だ。厳粛な修道院のようなヴォールト(穹窿)の天井の下に並ぶワインを熟成させる樽は、フランス産オーク材。年間四五〇丁ほどを自社で製造しているという。このように自社製の樽を使っているシャトーはフランス国内に四つしかないそうだ。
 夫妻はテロワールを生かすために、ブドウの栽培環境をできる限り自然に近いかたちにすることを目指している。ブドウの木の下草をバランスよく生かしたり、近くの生け垣の植え込みにも注意を払ったり、さらには斜面の畑では馬を耕作に使ったりする。一方で人工衛星でブドウの成熟度を分析して収穫時期を決め、最良な状態のブドウを手作業で収穫していく。
 ゲストを気持ちよく迎えるための施設もすばらしい。畑を貫く小径の反対側には高級なホテルとミシュランの星付きを含むふたつのレストラン、そしてブドウを使った自社開発のコスメティックを使うスパを併設している。
 コスメの開発は、一九九三年にボルドー薬科大学のヴェルコートレン教授が、ブドウのポリフェノールの抗酸化作用についてカティアール氏に話をしたのがきっかけだった。彼はすぐに専門会社を設立して肌の老化を抑制するスキンケア製品を開発し、ブドウから抽出される三つの成分について世界特許を得た。一九九九年にはホテル&スパの営業を開始、「ヴィノテラピー」という名称も商標登録した。今ではニヶ月先まで予約で一杯という高級スパになった。
 そして去年はシェ・フュルティフ(隠密ワイン貯蔵庫)を稼働させて、ビジネスマンではなくエコロジストを唸らせた。元砂利採取場、樹木に隠れるように建設されたこの施設は二〇〇KLのワインをISO一四〇〇一の基準に基づくエコ・システムで醸造する。必要な電力は自前のソーラー発電でまかなうほか、地熱を利用して温度をオート・コントロールする。そして巨大な貯水槽に貯めた雨水は、ワインの発酵時に発生する炭酸ガスから、重炭酸ナトリウム(重曹)を採集するのに利用する仕組みになっている。
 このエコプロジェクトのリーダーは、「ボルドー産のワインが発酵する過程で、年間で五・五万トンの炭酸ガスを排出している。これを再利用することは、一五〇人が一年間、パリ・ニューヨーク間を飛行機で毎日往復する炭酸ガス量を節約することになる」と語る。
 九月二一日に、世界中の二五〇〇か所で気候変動対策を求めるデモ行進やイベントがあった。あらためて、このエコ・システムが一般化される日を待ち遠しく思う。
(ともこふれでりっくす・フランス在住)
2014年特別号下 掲載

月刊 酒文化2014年10月号掲載