フランスのウイスキー やはりワインが隠し味?

 現在、フランスのウイスキー消費量は世界で5本の指に入ると聞くが、ウイスキー製造の歴史は長くなく、1983年にスコットランドやアイルランドと同様のケルト文化を持つブルターニュ地方で始まった。ヴァレンギエム蒸溜所のように、フルーツ・リキュールやスピリッツを製造していた会社が、地元の穀物を使って独自のウイスキーづくりを始める例が多いようだ。
 筆者が出会ったのは、シャンパーニュ地方のものだった。ウイスキーづくりに不可欠なおいしい水の湧泉を敷地内に持つギュイヨン蒸溜所は、シャンパーニュ地方のランスから南20kmほどに位置するルーヴォワ村にある。オーナーのギュイヨン氏がここを買収した後、フルーツ・リキュールをつくっていた彼に、この湧水でおいしい酒をつくるアイデアが浮かんだのも当然だ。そこへ近所の大麦の栽培農家がウイスキー製造を提案。味のヴァリエーションを生む樽には、地元のシャンパンや銘醸ワインの醸造に使われたオーク樽を調達して、独自のテロワールを探求することになり、シングル・モルト・ウイスキー、『エスプリ・ドゥ・マルト・ド・ラ・モンターニュ・ド・ランス(l’Esprit du Malt de la Montagne de Reims®)』のコンセプトが誕生した。
 1997年から製造を始めたギュイヨン蒸溜所のウイスキーは、近郊で栽培される大麦を砕き、温かい仕込み水で約4時間かけて糖化する。発酵は約20℃で3日間ほど、できたアルコール度5〜6%の発酵液をアランビック蒸溜器で湯煎をするように加熱し、二度蒸溜する。一度目の蒸溜(初溜)でアルコール度15〜20%に、再溜後は約70%になる。ここでギュイヨン氏はニューポット(蒸溜液)の「将来」を見極め、熟成の仕方や期間を決めるという。
 ニューポットは、まず数年間ブルゴーニュ地方白ワインの樽で熟成させる。この段階の樽は特に銘柄(AOC)は決まっていないのだそうだが、最終熟成では厳選した銘醸ワインの樽を使う。シャンパン、ラングドック・ルシヨン地方でつくられる甘口の赤が有名なバニュルス、ボルドー地方の最高峰の甘口の白ワインであるソーテルヌ、その隣にあるやはり甘口の白が有名なルーピアック、ブルゴーニュ地方の代表的な白ワインのピュリニー・モンラッシェなど。超人気AOC産地のワインのお下がりが使われる。6〜8ヶ月の間、コンテナを利用したエージングセラーで、冬には−15℃から夏には45℃という温度差のなかで貯蔵成熟する。樽のオーク材にはワインが3〜4mm程度まで、ウイスキーは8〜9mmほど奥まで染みこんでいるそうで、独特の味とアロマが生まれるという。貯蔵中に蒸発する、いわゆる「天使の分け前」は一般に1年に2〜4%程度だが(日本洋酒酒造組合サイトより)、ギュイヨン蒸溜所の場合には5%にもなるとか。
 他の樽のウイスキーと混ぜずにボトリングしたものには、熟成段階で使われたワインの名前がラベルに記される。混ぜたものには、「トゥルブ(樽のスモーク感を現すデギュスタシオン用語)」や「弱加熱・中加熱・強加熱」などと、作業過程を説明する言葉が表記される。テイスティングしてみると、どれも、果実、花、スパイス、ボワゼ(樽の香)が交じり合うなか、ほのかにワインも感じられる、まろやかなスタイルだった。ギュイヨン蒸溜所のウイスキーは年産4万2千リットル。シャンパーニュ地方に行かれたら、寄り道に値する味だ。
 そして、シャンパーニュに加えてウイスキーの分け前をもいただいて、御機嫌な様子のランス大聖堂(ユネスコ世界遺産)の「微笑む天使」(13世紀)の鑑賞も忘れずに・・・・・・。
(ともこふれでりっくす・フランス在住)
2015年春号掲載

月刊 酒文化2015年02月号掲載