一人でも気軽に立ち寄れるバー

 女一人でバーやパブに入るにはちょっと勇気がいる。狭い奥まった店のガラス越しに覗いてみると、和気あいあいの雰囲気が伝わってくるのだが、そこに一人ぽつんと入っていくのは気が引ける。
 そんな時にお勧めなのが、最近流行りのフードホール。多国籍の店が集まり、中央にはビアホールのような長テーブルがあるのが一般的。ショッピングモール内にもフードコートがあるが、どちらかと言えば大衆食堂のイメージだ。対する最近のフードホールはお洒落なコンクリート打ちっぱなしのハイセイリングな天井、野音ステージのような照明もあったりと落ち着いたハイソな雰囲気がある。広いのでワイワイガヤガヤの声もこもらない。ブルックリンの「インダストリーシティ」「デカルブマーケットホール」、マンハッタンの「アーバンスぺイス」、「イータリー」など、オープンスペース型のフードホールが最近あちこちに展開されている。
 こういったフードホールには、バーカウンターが併設されている所も多い。ある日曜日の夜、ぶらっと入ってみたミッドタウン西11番街にあるフードホール「ゴッサム・ウエスト・マーケット」。ラーメンやチャイニーズストリートフード、ワッフルやアイスクリームといったスイーツ、バーガーなどあらゆる食が集う。中でもお勧めは「シーモアズ」。メキシカンスタイルのシーフード+お酒を扱うレストランで、NYには6店舗。ここフードホールにはバーカウンターのみが併設されている。まさに一人で一杯飲むにはおあつらえ向き。
  私が行った時はボーイッシュな女性が携帯をいじりながら一杯やっていた。気軽なスタッフは、初めての私にいろいろ説明してくれる。残念ながらカクテルがお得なハッピーアワーの時間帯ではなかったものの、お手頃なビールメニューもあり。バドワイザーやハイネケンといった一般的ドラフトビールはなく、ロングアイランド突端のモントーク産など、ニューヨークやニューイングランドのローカル銘柄がメニューに並ぶ。「モントークスタウト」を注文してみた。つまみはシュリンプタコス。黒ビールはそれほど苦くもなく、酔いもまわらないが、極寒のニューヨークにあってカーっと体が温まってくるのがわかる。プリプリのシュリンプとアボガドをのせたタコスも運ばれてくる。
 そうこうするうちに、左のカウンターの端には慣れたように座るローカルと思しき男性がワインを注文、つまみも3種類。私の右隣には女性がやってきて、「あなたのそのタコス、おいしいかしら?」と聞いてくる。皆一人で気軽にやってきて慣れたようにカウンターに座っている。ボーイッシュな女性はすでに2杯目のカクテルを注文しながら相変わらず携帯に目を落としている。男性は飲みながら、食べながら、スクリーンのサッカーの試合に目を向ける。思い思いの一人飲みスタイルも悪くない。
 「ゴッサム・ウエスト・マーケット」はマンハッタンの中心からはずれ、西のハドソン川寄り。どちらかというと周辺のコンドミニアムの住人や近くのホテル客が多そうだ。
 もし仕事帰りに一人で一杯やるのなら、ペンシルバニア駅隣接の「ザ・ペンジー」がお手ごろだ。元は大きな「ボーダーズ」という書店があった場所だが、複合型のフードホールに生まれ変わった。スポーツ中継を見るためのスクリーンがあちらこちらに設置され、気軽に座れるバーカウンターもある。
 残業続きでオフィスを出るのが夜の11時過ぎ。徒歩で帰宅する途中「どうしてもビールを一杯飲んで帰りたい!」という衝動にかられ立ち寄ることもある。注文は決まって『ギネス』。クリーミーな泡立ちと苦みが程よく、疲れた体に染みわたる。こうして束の間の一人飲み。疲れをいやし、「明日からまた頑張るか」という気にさせてくれるお手頃なバーがあるのは何とも嬉しい。
(あおきたかこ・ニューヨーク在住)
2019年春号掲載

月刊 酒文化2019年04月号掲載