くまもと酒蔵再訪―『香露』

熊本県酒造研究所の高濱秀次郎業務部長(左)と森川智製造部長(右)
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 少なくない被害があったにもかかわらず、元気に今期の酒づくりに取り組んでいる『香露』。製造部長の森川智さんに、これまでの取り組みをうかがいました。

■規模は変えず、技術はチャレンジ
株式会社熊本県酒造研究所(熊本市中央区島崎)
●被災後すぐに建て替えを決断
 『香露』のシンボルだったレンガの煙突が倒壊、新幹線の線路を塞いだ画をご記憶の方も多いのではないでしょうか。『香露』を醸すのは熊本県酒造研究所、吟醸酒づくりに欠かせない「熊本酵母」を県内外の酒蔵に供給する役割も担っています。
蔵にお邪魔すると製造部長の森川智さんは、最初に被災してからこれまでの経過がまとめられた1枚のペーパーを見せてくれました。

 《被災からの経過》
  ・地震当日(4/16) 瓶貯商品、煙突、白米倉庫、貯蔵庫に被害
  ・4/20 製品出荷
  ・4/21 解体工事(煙突・白米倉庫)
  ・4/26 火入れ⇒5/2 瓶詰
  ・7/15 解体工事(タンク搬出)⇒9/15 新築工事

 煙突や倉庫の倒壊など少なくない被害があったにもかかわらず、被災してから2週間後には瓶詰を再開しています。迅速な対応を森川さんは次のように話してくれました。「製造規模を落とすとすべての工程にズレが出てたいへんなので、(補助金の詳細がわからなくとも)必要なことはどんどんやらなければと思いました。会社もすぐにGOサインを出してくれたので一気に進め、専門家でなくともできることは自分たちでやりました。いつも夏場はパートの方はお休みですが、家に居ると気が滅入るから働きたいという声があって、じゃあ片づけを手伝ってくださいと。それで11月まで蔵ではサーチライトのついたヘルメットを被っていました(笑)」。

●酒づくりの作業工程を見直し続けて、生産性は2倍に
 今困っているのは酒を貯蔵するタンクの置き場所がないことだと言います。応急的に屋外に置き、雨風をしのげるように屋根を付けてあります。ですが、そのほかには酒づくりに支障が出るようなことはない様子です。洗米、浸漬、蒸米、製麹、醸造、瓶詰など清酒工場のコアな部分がほぼ無傷だったからでしょう。それもそのはず蔵のなかを見せもらうと、柱という柱が筋違で補強されていました。熊本酵母を守るためにも、作業性よりも建物の強度を優先してきた取り組みが生きたようです。
 熊本酵母に関しては、以前から停電や台風などの不測の事態に備えて保存する技術を模索し、試行錯誤の末に乾燥酵母として保有する選択をしていました。ユニークなのはこうした取り組みの検証の場として、全国新酒鑑評会を利用するというお話です。森川さんは酒づくりは毎年同じことをやっていたのではダメだと考えます。常に新しいことにチャレンジするから緊張感が維持され、技術をレベルアップできると言うのです。そして鑑評会は新しい技術を試す格好の場なのだと。乾燥酵母での保存を決めたのも、それで金賞を受賞できたからだそうです。
 話を伺っていて感じるのは、常に生産性の高い工場を目指してきたのだいうことです。建物の補強を優先して導線を妨げるものが多くなった一方で、作業の手順と段取りを見直し続けて、15年ほど前に12~13人でつくっていたのと同じ量の酒を、勝るとも劣らない品質で、今では社員7人でつくってます。工夫の仕方は「たとえば仕込みに使う米を100kg単位にすると、米を計る作業が出てきます。一袋30kgなら3袋で90kgを基本単位にすれば、作業が軽減され中途半間にコメが残らなくなります。今、1500石ほどつくっていますが、麹室の大きさ、仕込の規模、タンクの数、瓶詰の速度などちょうどいい。規模が変わるといろいろなことがズレて無駄や無理が出ます。規模を変えたくないから被災してすぐに動いたと言ったのはこういう意味です。上手にスケジュールを組めば、冬場でも日曜は休めるようにできますし、ふだんは高温糖化酛なのを年末だけ速醸酛を使って正月には社員を休ませられます。全国からたくさんの研修生が来るので、なぜそうなのかを理屈で説明しようとして、ゼロベースで考えてつくり直してきた結果でもありますね」と森川さん。

●原料米の栽培の安定までもう一歩
 ただ、米の調達は苦労されたようです。例年、原料米は県酒造組合を通じて調達していましたが、今回は組合もJAも十分機能せず、必要な米の確保が危ぶまれました。そこで下した決断は古米の使用でした。酒づくりの条件を同じにしたかったという森川さん、一年前の米でも適切に保管されていれば問題はないとわかっていたので、古米があるうちはそのまま使い続けることを選んだのでした。
 しかし、数年は原料米の調達に不安が残ります。地震で農家も農地も傷んでいます。米を集荷するカントリーエレベーターや水路などのインフラも被災して、以前のように稼動していません。被害の大きかった地域では、昨秋は集荷しても対応できないため、稲を刈らずに終わってしまった田圃が相当数あったと言います。こうした状況で、現在も米の作付がいつ、どこまで復旧するのか見通せないのです。原料米の栽培も含めて熊本の酒が完全に復旧するまでには、まだしばらくかかりそうです。■

蔵のシンボルだった煙突は根本だけが残る
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仕込み蔵のなかはあちこちに筋違がある
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屋外の貯酒タンクはテントで風雨を避ける
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?の温度を加減するのもタンクの周りを覆うだけ。余計な道具は使わない
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しっかり守られた熊本酵母
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2017年03月11日