酒の楽しみを開眼
一ヶ月後の一夜、相棒と二人で新酒の口開け会をした。ビンの口を開けるのはワイン・オープナーではなく栓抜き。ワイングラスの代わりにガラスのコップ。「イランにふさわしいね」と、澱を撹拌しないようにそっと注いだ。乾杯。
赤ワイン特有のタンニンの香りが立つ。口に含むとフルーティーだが、どっしりとしたバランスのとれた味わいだった。あの薬のような苦みは消えていた。
「お、いいね」「これはなかなかだぜ」。二人して子供のようにはしゃいだ。繊細ではないし、洗練もされていない。野暮ったさのある、しかし有無を言わせぬ蛮刀の趣があった。グラスを透かして見ると、明かりも遮る赤い混濁した液体だった。
最初の年に造った75本のワインは半年と持たなかった。全部自分が飲んだ訳ではない。イランの友人たちに振る舞い、食事に呼ばれたときの手土産にした。好評だった。
思えば新聞記者の駆け出し時代から、酒は量さえあればいいという飲み方だったが、じっくり味わう飲み方に変わったのはイランでだった。ワイン造りを通して、いろいろなことを学び、考えさせられた。
いまもしゃれたワイングラスに注がれた、澄明な赤ワインを目にすると、ふとあのイランの日々が蘇る。戦場ツアー、仕事よりも没頭したワイン造り、そして深い光を宿したあの液体――。
イラン:1999年7月『お酒の四季報』
| 【プロフィール】 |
| 西川恵(にしかわめぐみ) |
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1947年長崎県生まれ。東京外語大学卒業。71年毎日新聞社入社。東京本社地方部、社会部、テヘラン支局、パリ支局、ローマ支局を経て現外信部長。著書『エリゼ宮の食卓』(新潮社)で98年度サントリー学芸賞受賞。 |
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