シングルモルトの再発見
シングルモルトウイスキーは単一の蒸溜所のモルトウイスキーだけで造られたウイスキーである。ブレンデッドウイスキーが登場する以前は、どれもシングルモルトであったと言ってよい。
しかし、ブレンデッドウイスキーが国際化の原動力となると、シングルモルトは市場から消える。ブレンデッドウイスキーにはブランドが冠せられ、高品質と常に同じ味わいを保証した、メーカーによる完全パッケージ商品として普及する。バランタイン、ジョニーウォーカーなどは日本でもおなじみだ。これらのブランドの持ち主の多くは商人であり、蒸溜所からウイスキーを調達し、味を決定してきた。蒸溜所が飲み手の話題にのぼることはなく、蒸溜所はブレンデッドウイスキーの原料供給工場のような位置になっていた。
こうした状況下でシングルモルトを訴求し、プレミアムウイスキーとして「グレンフィディック」をデビューさせたのがウイリアム・グラント&サン社である。一九六〇年のことだ。この試みは大方の予想に反して大成功をおさめ、いまでは世界一八〇カ国で飲まれるシングルモルトのビッグブランドとなった。
グレンフィディック蒸溜所は、スコットランドの北部、ダフタウンという小さな町のはずれにある。ここは、ハイランド地方のなかで特にスペイサイド(スペイ川の流域)と言われるエリア。モルトウイスキーづくりの適地として、スコットランドの蒸溜所のおよそ半分が集中している。
同社は比較的新しく一八八七年の創業。町の仕立て屋の息子として生まれたウイリアム・グラントが、モートラック蒸溜所ではたらいた後、苦労して家族総出で立ち上げた。当初はブレンデッドウイスキー用に出荷していたが、果敢にシングルモルトに挑んだのである。ウイスキーづくりの理想に燃えて、いちから蒸溜所をつくったこの後発の会社は、蒸溜所名を冠した商品で高い評価を得たいという強い欲求があったのであろうか。
これが今日スコッチの一五%程度を占めるまでになった、シングルモルトの嚆矢である。
純米酒とシングルモルト
グレンフィディックの登場と成功は、日本酒での純米酒市場の開拓とイメージが重なる。一部の地方清酒メーカーが、三倍増醸酒やアルコール添加酒が市場を支配していた時期に、伝統的なほんものの酒として純米酒を打ち出した。この運動をリードしたメーカーは全国に名前を知られることとなり、現在もプレミアム感のある酒として定着している。ただし、シングルモルトも純米酒もかつてそれらが主流であった時代とは、酒質が異なっていたことを忘れてはならない。麦芽の乾燥にピートだけを燃料としていた当時のシングルモルトは、たいへんにスモーキーであったであろう。醸造、蒸留、貯蔵熟成などの技術も未熟であったから、味は想像以上に重く濃厚な酒であっただろう。さらに、当時のスコットランド産の大麦はでん粉が少なかったため得られる酒の量は多くなく、売価はかなり割高とならざるを得なかったはずだ。
いかに素材感が豊かで本格的なイメージを持ったものであっても、飲みにくければ商品としては存在できない。実際、グレンフィディックを飲んでみればわかることだが、
味わいはフレッシュでスマートなものだ。フルーツのような香りもあり、辛口でキレがいい。おそらく、こうした酒質であったからシングルモルトが素直に受け容れられたのではないだろうか。仮に一九六〇年当時にクセの強いアイラ島のモルトウイスキーが、シングルモルトの尖兵となっていたならば、この市場のありようは大きく異なっていたように思える。
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