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蒸し暑かった残暑もようやく過ぎて、朝晩が肌寒く感じる季節になると、夏の間使っていた平盃を、カビの生えないよう陽に当てて
しまい込む。清冽なる夏の酒から、秋の豊醇な古酒に飲み変わるこの時期になると、いよいよ筒盃(つつはい)の出番である。
まだ薄明かりの残る、夕暮れ時。庭に面した障子戸を半開きに、独酌で飲り始めてふと、辺りが薄暗くなっているのに気がつく。そし
て、何処からか虫のすだく音が…といった、いかにも秋の季節の酒らしい情景の、そういう気分にはぐい呑みがぴったりくる。
ぐい呑みといえば、普通は深めの盃を指すが、垂直に立ち上がった筒形を、特に立ちぐい呑みと称して珍重する。酒があまり飲めな
い酒器好きという人も、この立ぐい呑みにだけは眼の色をかえる。酒好きの、なかでも常温にこだわり、ぐい呑みにもこだわり、その
上、筒の形にもこだわるとなれば、これはもうかなりの通といっていい。
筒は、口径と高さが同寸ぐらいがよくて、大振りで、やや厚手の小深いほうが好まれ、手取りのやや重めのほうが飲んで旨いようだ。
そして、端正な形よりはずんぐり野趣に富んだほうが、秋の酒には一番似合う。
グイッと掴んで飲むからとか、ぐいぐい飲るからと、ぐい呑みの由来は諸説あるが、もし、目の前に古唐津の立ぐい呑みでも現れる
と、もう、そんな事はどうでもよくなって、只ただ目を細め賞眼し、賞玩するのみである。
筒盃のなかの丈の短いのを、半筒と呼んでいるが、茶碗では、志野とか楽とか瀬戸黒とかによく見られる形でも、酒器として使えそ
うなのはなかなか無いものだ。
筒は、目一杯注いでそうっと口まで運ぶその感じもよし、半分程注いで口中に一気に抛り込むのも、豪快でいい。筒型の深向付に珍
味をほんのすこし入れ、覗き込むように箸でつまむ、あれと同じ感じが、筒ぐい呑みにはあって、酒を掌に握り込むようにして、見込
みの残り酒をのぞき込みつつ飲み干す。
永年の使用による酒の滲みや潤いが、釉面に顕われるのを「変化した」「育った」といって、残った酒を掌にすくいとっては、立ち
ぐい呑の胴に撫でつけ、盃の育つのを楽しみながら盃を傾けるのも、酒器にこだわる酒好きの醍醐味だろう。そう、筒盃は一人静かに
手酌で飲るのが、最も絵になるし、どこか、男の大人の酒といった気分がある。
酒好きだった野村万之丞さんと、もう一度、酌み交わしたかったとしきりに想いつつ、このシリイズの筆を措く。
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月刊酒文化 2004年 12月 |

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