チョモルのサクランボ酒
ハンガリーに入ってから友人に電話をした。
「ちょうどサクランボが収穫時期だから、遊びに来ないか」という誘いに乗り、ブダペストから地下鉄とバスを乗り継いでチョモルに着いたのはお昼少し前だった。友人の家は広々と続く平原にぽつんとある集落の中の一つだ。裏庭は果樹園になっている。電話で聞いたとおり数本ある桜の木にはたわわに実ったサクランボが重そうに垂れ下がっている。
ハンガリーに住む日本人家族数人がやってくるのでそれまでワインでも飲んで待てという。
すすめられるままにワインを片手に、家の中を見回していると透明な瓶に赤い酒らしいものが入っているのを見つけた。「これは酒かな?」と聞けば「去年造ったサクランボ酒だ」と答えが返ってきた。「このあたりの人は毎年これを造っているので、私も造ってみようと去年チャレンジしたものだ」という。ついでに作り方を聞いてみると、収穫したサクランボ(アメリカンチェリーのように色の濃いサクランボだ)をきれいに洗ってから砂糖につける。水分が出て赤い液体が十分出たところでこれを火にかけ殺菌してから冷まし、パーリンカの中に入れ一年ほど寝かせればできあがるという。昨年来たときキッシュバルダで飲んだイチゴの酒とほぼ同じ作り方だとわかった。それにしてもハンガリー人は酒を造るのが好きなようで、どこの家庭に行っても自家製の酒を貯蔵する地下室がある。
パーリンカと焼酎
半年ぶりにパーリンカの工場を訪ねた。今回の目的はこの工場の技師長に、ある酒を飲ませてみたかった。挨拶もそこそこに鞄から瓶を取り出し、「とにかくこの酒を味見してくれ」と差し出した。彼はグラスにその酒を注ぐとグラスを回して香りを嗅ぎ、不思議そうな顔をしてから口に含んだ。しばらくの沈黙の後「うん、おいしいパーリンカだね。でもなにから造ったものかな?」と考え込んだ。
「これは日本の蒸留酒で、焼酎という酒だ。
原材料は芋だよ」そういうと彼は目を丸くしていった。「日本でこんなパーリンカができるなんて信じられない」その言葉を聞いて日本の焼酎は世界的に通用する蒸留酒なんだと思った。酒には国境がない。メソポタミヤの蒸留技術が世界中に伝播し、日本の地にも根付き焼酎となり、またヨーロッパを巡りハンガリーのパーリンカとなり悠久の時を超え、ここハンガリーの地で巡り会うことが出来たのだと思うと、壮大なロマンを感じないではいられない。
この蒸留酒たちのもう一つの共通点は、いずれも庶民の酒である点だ。上流階級の人々はワインを飲み、日本酒を飲みビールを飲んできた。過去も現在も未来も蒸留酒は大衆とともに発展して行くに違いない。それにしてもヨーロッパの蒸留技術はさておき、日本の技術はどこからどんな風に伝えられて来たのだろうか。
今回の旅は紙面の都合で少ししかお伝えできなかったが、またの機会を信じてペンを置くことにする。
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