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卜部兼好(うらべけんこう)は『徒然草(つれづれぐさ)』のなかで、「友とするに悪き物」として、七つの類型をあげている。「身分の高すぎる人」(よけいな気をつかわなければならないから)、「若い人」「丈夫で病気知らずの人」(老いや病などに対する理解に欠けるから)など、いずれもなるほどと思わせるが、そのなかに「酒を好む人」がある。酒飲みとはつきあいたくないというわけだが、他の章段では「下戸ならぬこそ男はよけれ」と、逆のことを述べており、兼好の酒に対する態度は、いささか複雑である。
また、同書一七五段では、酒の席での醜態を、嘆かわしいこととして、ことこまかに記している。他人に酒を強要するのは、兼好が最も嫌うところだったらしい。無理に飲まされて昏倒したり、二日酔いに苦しんだりする者の描写は真に迫っていて、実体験にもとづいているようである。一方で、笑い上戸、泣き上戸、衣裳をはだけて舞い踊り、かきくどき、はては縁側から落ち、馬から落ちなど、酒のうえでの狼籍三昧は、誰しも耳が痛いところだろう。
だが、延々と酔っ払いを攻撃したあとには、「かく疎(うと)ましと思ふ物なれど、おのづから捨てがたきおりもあるべし」と、一転して酒の効用が語られる。思いがけず友人が来て、酒を酌み交わすのも心が和む。あまり飲まない人が、勧められて少しだけ飲むのも悪くないし、親しくなりたいと思っていた人と酒を飲む機会に恵まれるのも嬉しい。最後には、酔っ払った翌朝の、身だしなみ悪い姿にまで理解を示している。兼好にとって、酒とのつきあいは浅からず、きれいに割り切る境地には未だ達していなかったらしい。
酒との距離のとり方が悩ましいのは、いつの世も変わらない。本稿では中世の人々の酒とのかかわりについて、いくつかの角度からみていくことにしよう。
(一)酒売りのモラル
酒の販売に関わる説話では、女性が売り手として登場する。『日本霊異記(にほんりょういき)』から、讃岐国の有力者の妻を主人公とする一話をみてみよう。この女性は富裕なうえに八人の男子に恵まれ、満ち足りた身分であったが、信仰心がなく、非常に貪欲であった。酒を水で薄めて売り、農民に種籾を貸すときには小さい枡を用い、収穫時に返済を受けるにあたっては大きな枡を使ったという。彼女は宝亀七(七七六)年六月に病の床につき、閻魔王の前に引き出されて三つの罪を糾弾される夢をみた。信仰心のなかったこと・酒を水で薄めて不当に高く売ったこと・貸借にあたって大小の枡を使い分けて不正な利益を得たことである。彼女は、この夢を家族に語った直後に亡くなったという。地域の富裕な有力者が、金融センターとして農業の再生産構造を支えるとともに、酒の小売をしている様子を知ることができる。一四世紀ごろから、金融業者と酒屋は土倉・酒屋と併称され、富裕者の代名詞になるとともに課税対象とされるが、その原型が八世紀にすでにあらわれているのである。酒の原料となる余剰米を確保できるのは、特権的な富裕層であり、一般の人々は薄めた酒と知っていても、それを求めるしかなかったのだろう。
酒を薄めるのはよく行われていたようで、『沙石集(しゃせきしゅう)』では、これが笑話としてとりあげられる。嵯峨に住む能説房という、酒好きの説教師の物語である。彼の隣家には酒売りの富裕な尼が住んでいたが、水で薄めた酒を売るので評判が悪かった。さて、彼女が法事を行うことになり、能説房に導師を依頼してきた。能説房は近所の人々とともに一計を案じ、説教のなかで、酒に水を入れて仏罰を受けた話をならべ、できるだけ大げさに語った。説経が終わると、尼は皆を呼び集め、大きな桶に酒を入れて勧めた。能説房がさっそく盃を手にして飲んでみたところ、驚いて思わず声が出てしまった。「ひごろは少し水臭い酒だと思っていたが、今日のは酒くさい水ではないか」。それをきいて尼が、「それはそうでしょう。酒に水を入れるのは罪だとおっしゃったので、大桶に水を入れて、その中に酒を一提ばかり入れてみました。水に酒をいれるのならかまわないでしょう」と言ったという。
『職人歌合(しょくにんうたあわせ)』をみても、酒作(さかづくり)・麹売(こうじうり)いずれも女性の姿が描かれている。酒作には「まず酒をお買いなさいませ、いま流行のうすにごりもございます」、麹売には「上戸のみなさま、(酒麹を)ごらんになって涎を流しなさいますな」という詞書(ことばがき)がついている。酒作は桶と瓶子(へいじ)を手許においていて、これが一般的な小売のスタイルだったことがわかる。『沙石集』の酒売りの尼も、大桶に酒を入れて持ち出しており、桶に酒を取り分ける段階で、水を混ぜる等の手が加えられたのであろう。 |
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