豪州随一の酒問屋を目指して

  日本酒の紹介にとどまらず、日本各地の蔵元の連綿と続く酒造りの技術や酒文化をオーストラリアの人達に伝えたい。そんな一心で08年8月8日、シドニーにコンタツオーストラリア社は設立された。
 オーストラリア連邦は日本の約20倍の国土があり、およそ2300万人の人口を持ち、農業、鉱工業、観光業が盛んな国。また近年は日本から移住する人や、長期滞在する人が飛躍的に増え、7万人強の日本人が住んでいると言われている。
 会社設立当時を振り返ってみると、何処の日本食レストランも日本酒は同じ銘柄ばかりで、種類も少なく、品揃えの幅がほとんどない状態。また、オーストラリア人には日本酒は熱燗で飲むものという先入観が強く、彼らの保守的な志向も相まって、日本酒の魅力を伝えるのは容易ではなく、試行錯誤を繰り返す毎日だった。
 ワインとの価格差も悩みの種。日本酒は日本から運べばどうしても割高になってしまう。一方でワインの大産地であるオーストラリアでは、安くておいしいワインが簡単に手に入る。だがこのハードルを越えなければ、日本酒文化を広めることはできない。そんな状況にあって、オーストラリア唯一の酒類専門卸として活動の場を広げるよう努力してきた。まず、オーストラリアの市場を考え、独自の指標で蔵元や商品を厳選する。良好なコンディションで運ぶため、赤道を通過する日本からの海上輸送はコストがかかる冷蔵コンテナにこだわった。そして10年5月には私自身が日本料理の板前をしていた経験を活かし、日本食レストラン「水月(Water moon)」をオープンさせるに至った。ここまで踏み込んだのは、オーストラリアの人たちに、日本酒の魅力を直接伝えたいとの思いからだ。
 こうした活動が実を結んだかどうか、まだ結論は出ていないけれど、ここ1〜2年でオーストラリア人たちの日本酒に対する嗜好が、大きく変化していることを実感している。熱燗一辺倒だったものが、華やかな香りを持つフルーティーな吟醸系が好まれるように変わり、最近ではフルボディの純米酒などに注目する愛好家も出始めている。また、日本人以外が日本酒専門バーをオープンさせたり、超高級フュージョン(多国籍融合)系レストランのなかに山廃純米酒をコースメニューに組み込むところが現れたりと、少しずつだけれども着実に、日本酒を楽しむ層は拡がりを見せている。
 また昨年、前述の「水月(Water moon)」では、日本酒をワイングラスにて提供する試みを始めた。オーストラリア人に馴染みのある酒器を用いることで、ほんらい日本酒が持つ香りや味わいを、さらに深く感じてもらうことを狙ったのである。まだ、当地においては日本酒の量り売りは一般的ではない。ワイングラスでの提供は、グラス単位で手軽に日本酒を楽しむ機会をつくり、日本酒ビギナーが手を伸ばしやすい仕掛けにもなる。面白い反応が出ているのだが、詳細は稿を改めて伝えることにしたい。
 酒に限らず食事や生活全般においても、やや保守的な傾向があるオーストラリア人。今、そんな彼らの日本酒の嗜好がこのように変化してきている点に注目している。日本酒文化をさらに発展させることができるかを占う意味で、この変化は重要だ。昨年の東日本大震災の折には、オーストラリアでも各地で「Aid for JAPAN」と題したイベントが行われた。彼らは元来かなりの親日派なのである。まだとても小さい市場で、ハードルも決して低いものではないが、豪州随一の酒問屋として、ひとりでも多くのオーストラリア人に日本酒ファンになってもらうべく、今年も元気に活動していこうと思う。
(芋野博詞・シドニー在住:KONTATSU AUSTRALIA PTY.LTD) ■

月刊 酒文化2012年02月号掲載