ロシアの香り

 キルギスと聞いて場所を想い浮かべることができる方がどれだけいるだろうか。カザフスタン、中国、タジキスタン、ウズベキスタンと国境を接する内陸国で、日本人と見まがう容姿の男女がそこかしこにいる。そっくりなのはルーツが同じだからだそうで、肉好きは内陸に向かいキルギス人に、魚好きは海に向かって日本人になった、なんて話もある。
 牧畜が盛んで乳加工が発達しており、さまざまなチーズを見かける。チョコボールほどの大きさの硬くて酸っぱいチーズは、日本でいえば梅干か。大阪のおばちゃんが飴ちゃんを配るようにあちこちですすめられた。現地の方はおいしそうに食べるが、とがった酸味があってちょっと苦手だ。うどんのように細長いチーズは縦に裂ける。食べやすいサイズに裂いていくと、見た目はさき烏賊にそっくりになる。少々塩気が勝つが酒の肴にピッタリで、日本から持っていった酒を燗すると絶妙の相性だった。ミネラルウォーターの空ボトルに入れて、ホテルの部屋の湯沸かしケトルで振りながら温めた。このやり方ならどこに行っても燗酒が飲めそうだ。
 8月の終わりの首都ビシュケクは、カラッと爽やかだが、日差しは強い。みんな喉が渇くからだろう、市場や公園など人の集まるところには飲み物を売る屋台が出ている。レモネードやコーラを売っているのだろうと思ったが、よく見るとそのなかのひとつはクワスであった。クワスはライ麦を発酵させてつくるビール風の飲み物で、ロシアでは夏には麦茶のようによく飲まれると聞いていた。ちょっとくらいアルコールが出ていて、ほわっとするのではないかと期待しながらいただく。素朴な甘さとほのかな酸味でそれなりに飲める。残念ながらほわっとすることはなかったが、もうひと工夫すると酸味のあるビールにできそうだ。
 キルギスに限らず旧ソビエトから独立した中央アジアの国々は、いまもその影響をあちこちで認める。武骨な装飾のいたずらに広いホテルの部屋は、四つ星なのにドアノブが壊れそうで、シャワーからはちょろちょろとしかお湯が出なかった。レストランにあるのはモルドバやジョージアあたりのワインで、どれも甘ったるくて持て余す。キルギスらしい酒になるのは、もう少し先になりそうだ。
(はらだぺこ:横浜市在住) 
2019年春号掲載

月刊 酒文化2019年04月号掲載