思いどおりのワインを作りたい |
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旭洋酒有限会社は近隣のぶどう農家の共同ワイン醸造場として発足し、一升瓶ワインを作ってきたメーカーである。380軒あった農家が50軒以下になり、飲み手も作り手も高齢化し、存続が難しくなった。
一方、勝沼のワインメーカーに勤務し、いつかは自分たちのワインを作りたいという夢を抱いていた夫婦がいた。鈴木剛さんと順子さんご夫妻である。二人はこの春に旭洋酒を引き継ぎ、夢への一歩を踏み出した。
剛さんは山梨大学を卒業し、技術者としてワインメーカーではたらいていた。順子さんはワイン作りがしたくて同じメーカーに入社し、ぶどう栽培を担当していた。出身は静岡県と東京都。山梨県に生まれたのではない
望んだワイン作りに携わりながら、あえて独立を望んだのはなぜか。この問いに剛さんは、「あのままワインを作っていれば醸造の技術者としては評価される仕事ができたと思う。けれども自分がほんとうに作りたいワインを作るという満足は得られないと思った」と答えた。順子さんは「栽培や醸造担当者というのではなく、ワインの作り手として一貫した仕事をしたかった」と答えた。
やるなら早いほうがいい |
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しかし、独立の選択肢は少ない。酒造免許、ぶどう畑の確保、醸造設備への投資、販路の開拓など、クリアーしなければならない条件は二人にとってたいへん厳しいものに思えた。旭洋酒を引き継ぐことは、免許と醸造設備の問題を解決し、少なくなったとはいえ一升瓶ワインを作れば、ある程度の販売が見込める。こんなチャンスはそうめったにない。ワイン作りは年に一回。一生のうちであと何回作れるかおおよそ見当がつく。やるならば早いほうがいいという思いもあった。
ぶどう畑は以前から目を付けていたところが何カ所かあった。いずれも南向きの斜面で、広さは数10アールに過ぎないが、ぶどう園や農地に囲まれている。これは、農家の高齢化が進んでいるいま、いずれ自分のぶどう畑を広げるチャンスが巡ってくる可能性があることを意味する。まとまった面積を得られれば合理的な管理ができるだけでなく、収穫時のランク分けなど、より緻密な選択が可能になる。確保したふたつのぶどう畑には、メルローとピノノワールが植えられ、来年から少しずつワインを作れるようになる。
小さな畑で収量も多くないから、旭洋酒が理想を追求すれば、並行してぶどう農家との契約栽培も進めることになろう。甲府盆地でのぶどうの契約栽培は、いくつかの難しさがある。まず、生食用の高級ぶどうを作りたがる農家を説得すること。巨峰や甲斐路など高値で取り引きされるぶどう並の収入を保証することは難しい。また、ぶどう栽培がX字型棚栽培でおこなわれているため合理的な管理が難しく、枝葉が混んで徒長型の大房ぶどうになりやすく、凝縮を必要とするワイン用のぶどう作りには適さない。こうした課題を超えて初めて契約栽培ができる。
山梨にいるのはワインを作るため |
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鈴木夫妻は作りたいワインを「ぶどうの力を最大限に引き出すように醸造したワイン」と言う。凝った特別の製法のワインでも、最近人気が高い濃縮感のある力強い赤ワインでもない。日本のふだんの食事に合う、柔らかな温かみのあるワインを目指したいのだと。二人は時々、私たちはどうしてここにいるんだろうねと話すことがあるそうだ。便利でも華やかでもなく、自分たちが生まれたわけでもない山梨。そう、二人はワインを作りたいというだけの理由でここにいる。そしてそのために旭洋酒を引き受けた。自分たちの理想を実現するために、これまで旭洋酒が作ってきたワインとお客様を引き継ぎ、旭洋酒を新しいワイナリーにしようとしている。
さいわい彼らを応援する人々はたくさんいる。ぶどうの栽培や醸造の技術者、同じような志をもつ意欲的なワイナリーの仲間、友人、家族。この輪を一般の人々に広げて、作り手と飲み手が共感するワイナリーになること。これが二人の理想なのだろう。
意欲ある人を妨げれば酒は滅ぶ |
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いま、国内の酒造業は価格に振り回されている。それだけマスブランドが支配的な市場なのである。量的に消費が飽和したなかで量を追えば、マスブランドが強い分だけ値引き競争になる。典型的なゼロサム競争だ。
しかし酒はここから抜けだすことができる。市場は量的に飽和したものの質的には成熟期を迎え、量産・量販のシステムに乗らないものを求めるニーズが顕在化している。インターネットの普及は、価値観を共有できるものが結びつくことを容易にした。勝ち残るであろう酒販店は、顧客をしっかりと掴むために惜しみない努力を続けている。これらが結びつけば、豊かな酒ワールドが立ち上がる。
キイワードは「正義と美意識」である。今回とりあげた三つの事例には、いずれも創業者の正義と美意識が根底にある。それが風土ともっとも結びついた酒であるワインで現れた。創業者たちは図らずも、みな、その土地に生まれた者ではなかった。しかし、理想の酒作りを求めてそこにいる。多くの酒は風土と切り離しがたいものであるが、人は自由に動くことができる。風土の力を引き出すのは人であり、人の移動や志を妨げる規制は酒を殺し、郷土を滅ぼすのであろう。
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月刊酒文化(2002年10月号) |