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掃除させれば腕がわかる
さて、福田酒造商店の「蒸し」は焼酎の工場でよく見かける大きなドラム缶を横にしたような形の製麹機であった。これで米を蒸し、適温に冷ましてから白麹菌を混ぜ、ドラムをゆっくりと一昼夜回転させる。蒸しと麹づくりの前半が、この機械1台でおこなわれる。翌日、ドラムから米麹を出して、テントのような三角屋根のついた別の製麹機に広げてもう一昼夜おくと、焼酎用の米麹ができ上がる。原料の米はカリフォルニア産のジャポニカ種が主。安価なうえに品質が安定していて、指示したとおりの米がきちんと入荷するので国産米よりも使いやすいという(「はな」には国産米のみ使用)。
発酵の工程まで案内が進んだところで福田實さんに、「焼酎づくりでもっとも重要なことはなんでしょうか」と質問してみた。間髪入れずに「環境づくりですね」と返ってきた。「われわれは酵母が働きやすい環境を整えてやるだけです。相手が酵母ですから、手を抜けばそれは酒にストレートに現れます。やった仕事がしっかり酒に出ます」と続け、だから工場をきれいにすることが何よりも肝腎だと言う。
同社が酒をつくる期間は10月中旬から4月初めまでの半年間。酒づくりを始める前に、3週間かけて徹底的に蔵を清掃するのだそうだ。清掃は蔵の中にとどまらない。工場周辺の草とり、屋根、雨どいなど外もしっかりきれいにする。彼は「蔵の掃除をさせてみれば、その人がどの程度の酒づくりの腕前かわかりますよ」と言い、「焼酎づくりは娑婆と縁切りできないと勤まりません。つくりが始まると朝から晩まで、ずっと酒とにらめっこです。よい環境をつくろうと思えば、やることはいくらでも出てくるのですからね」と結んだ。
試飲させていただいた焼酎の原酒は、きれいで、自然な甘みがボディを支える。アルコール度数が42度あるというが、柔らかい口当たりはそれを感じさせない。蒸溜したてでこれだけ飲みやすいのは本格焼酎ならでは、他の蒸溜酒にはない特徴だ。
木々に囲まれた酒造場
原酒の余韻を舌の奥に感じつつ、次なる訪問先に向かう。林酒造場がある湯前町は人吉の中心部から北東に20qほど。両市を結ぶ街道は片側1車線ののどかな道で、免田や多良木の街を抜けて行く。途中、ぽつりぽつりと焼酎蔵があり、一般客の見学を促す看板や、レンガの煙突が現れては消えた。人吉盆地には今、28の焼酎蔵があるのだが、山々に囲まれた風景といい、球磨川の流れといい、ウイスキー蒸溜所が点在するスコットランドを髣髴とさせる景色である。
1時間ほどで林酒造場に到着。まだ4時を少し回ったところだったが、だいぶ日が傾いている。九州というのに日没が早いようだ。看板もなく庭先に大きな焼酎甕が数個あるだけ。辺りは静かでカサカサと枯葉が風に吹かれる音だけが響く。
同社の創業は400年ほど前。江戸中期に創業した老舗である。社長の林篤さんは球磨焼酎酒造組合の理事長を務め、人望は厚い。主要銘柄の「極楽」は球磨焼酎の本流の味わいと言う人が少なくない。
「こんにちは。酒文化研究所のものですが、林社長はいらっしゃいますでしょうか」。現れたのはご子息の林展弘さん。「親父から聞いております。どうぞ」。古い家屋のなかに、事務所と住まいと工場が納まっており、酒づくりが生活に溶け込んでいることがわかる。
受け入れ態勢がないので普段は見学者を受け入れていないそうだが、特別に工場を案内してくれた。発酵タンクは地中に半分以上埋めて据えられている。製造を担当している弟さんも加わって何日目の醪だとか、毎回、微妙に様子が変わるので発酵管理や蒸溜段階での微調整が欠かせないなどのお話をうかがう。また、昔、人吉では焼酎屋はお茶屋と呼ばれていたこと、同社の酒のほとんどが地元で消費されていること、減圧蒸溜の商品が大半を占めていること、常圧蒸溜の商品が伸びているがおいしくつくるのはなかなか難しいことなどを話してくれた。時代の流れとともに技術や道具は変わってきたのであろうが、ずっと昔から変わらずに焼酎をつくってきたような感じがする蔵であった。
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