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ファーストチャンス(沖縄市)
基地の街でアメリカを感じるバーを訪ねる |
リトルアメリカ「ゲート通り」をめざして
沖縄の特徴といえば、琉球王国の歴史と、米軍がもたらした文化である。返還当時に比べると随分アメリカ色が薄れてはいるが、基地の周辺はまだリトルアメリカと呼ばれるところがある。そういうアメリカっぽさを求めて、沖縄市のバーを訪れてみた。
沖縄市は那覇から車で58号線を北上。伊佐の交差点を右折して330号に入る。空いていれば30分ほどの道のりだ。330号線に入ると米軍放出品の店やアメリカ家具の店、英語の看板などが多くなり、しだいに気分もアメリカンに。
沖縄市にある嘉手納基地は西太平洋最大の空軍基地で、基地内には2万人以上の米軍関係者が住む。旧名のコザ市はかつて日本で唯一のカタカナ表記の自治体であった。本土ではコザ市の方がなじみがあるという人も多いのではないだろうか。
市内に入ると、すぐに沖縄市の中心であるゴヤ十字路だ。ここから嘉手納基地の第二ゲートへと続く道が有名な「ゲート通り」(空港通り)。復帰前や復帰直後は米兵を相手にしたライブハウスやAサインバー(米国統治時代に米軍より営業を許可された店に与えられる営業許可証)が並び、終日通りは人であふれていたそうだ。現在は当時のにぎわいはないものの、横文字の看板も多く当時のおもかげを残している。おみやげ物屋を覗くと、刀やぬんちゃく、ハッピといった外人が喜びそうな品物が今でも並んでいるのがうれしい。
ネイティブな雰囲気にひるむ
我々がめざす店はゲートに一番近いところに位置する「First Chance」。基地から出かける時に最初に飲める場所という意味だろう。そして、基地に向かって店を見ると「Last Chance」と看板が出ているのがまたまたおしゃれだ。かつては1階がバイクの名車「ハーレーダビッドソン」の店で2階がバーだったらしいが、現在は1階、2階ともバーになっている。ちなみに毎年11月にゲート2フェスタなるお祭りが開催され、その目玉としてハーレーダビッドソンのパレードがあり300台も集まるという。アメリカ人はハーレーダビットソンがお好きなんですな。
夕暮れ時でまだ時間は早いが、数人のアメリカ人が大声で騒ぎながら辺りを歩いている。日本とはいえ、こちらが外国人のような心細さを一瞬感じた。そして、これから入る店もアメリカ人相手の店だ。ドアを押すにはちょっと勇気が必要だ。
1階はカントリー、2階はロックのプールバー
1階と2階は入り口が別で、2階に行くには外の階段を上る。勝手がわからないので、我々はとりあえず1階に突入した。ウッディーな店内は薄暗く、ビリヤードとダーツが置いてあり、古きよきアメリカといった雰囲気。カウンターの奥では、2人のアメリカ人がビールを飲んでいた。アメリカ人でいっぱいだったらどうしようと思っていたので、ちょっと安心した。我々も少し離れてカウンターに座り、とりあえずビールを注文。ここはアメリカっぽくバドワイザーが無難だろう。アメリカンスタイルなので注文は当然キャッシュ&デリバリー。ビールが6ドルで、日本円の場合は相場に関係なく1ドル=100円だから、600円を払う。
日本人の店員にひと安心
カウンターの中の若い女性は、日本人で日本語が通じることにまたまた胸をなで下ろす。1年前からこの店でアルバイトをしているという。聞くと1階と2階は同じ店なのだが、BGMが違い客層も少し違うのだそうだ。1階はカントリーで、2階はロック、どちらも9割がアメリカ人の客だが、1階の客の方が落ち着いていて、2階の店にはBGMにあわせて少し過激な客が集まるという。ロックの方が年齢も少し若い。この日は平日で、しかも早い時間なので比較的空いていたが、週末ともなると、立ち飲みが出るほどの盛況になることもあるという。とくにペイデーの後の週末は混雑する。ちなみに基地の給料日は月2回あり、1日と15日。店は朝までやっており、週末には朝の10時ごろまで飲んでいる猛者もいるというから、アメリカ人の体力には脱帽だ。
人と時代の移ろいに想いをはせる
壁を見るとびっしりと1ドル札が貼られている。訪れた米兵が、自分の名前を記した札を記念に貼っていくのだという。基地には短期滞在で訪れる米兵も多く、ここからまたアジアや中近東に旅立っていくのだろう。自分の存在を何らかの形で残したいという人間の本能の所業なのか。改めて基地を相手にする店なのだと思い知らされる。
オーナーのジェームスさんも、そんな元米兵のひとりだ。しかし、沖縄が気に入って日本人の女性と結婚して住み着いた。そうしたアメリカ人も沖縄市には多く住んでいるという。現在は沖縄市でこの店以外にもライブハウスなど4〜5軒を経営するやり手。ベトナム戦争の時はゲート通りは毎晩人でごった返していたというから、店もかなり繁盛したのだろう。現在、ライブハウスの方はアメリカ人だけではなく、地元の若者や音楽好きも集まるというから、時代は変わって新しい文化となりつつある。沖縄市にはそのようなライブハウスがたくさんあるらしい。
アメリカンなバーの楽しみ方
アメリカ人はこうしたバーではつまみは食べない。日本人のように常に何かを食べながら酒を飲むという習慣がないらしい。棚には沖縄らしく泡盛も少し並んでいたが、ほとんど注文する人はなく、彼らが注文するのは、ビールかウイスキーやウォッカ。ウイスキーやウォッカはほとんどがコーラ割りだそうだ。カウンターにへばりついてばかりいないで、ビールやコークハイを片手に知り合いと談笑したり、ビリヤードやダーツなどのゲームに興じるというのが、この店本来の楽しみ方なのだ。
人情に触れて充実した時間
当然、この店にも食べ物のメニューはない。想像はしていたが、女の子につい確かめてしまった。
「つまみとかは置いてないんだよね」
「以前はピリッツェルみたいのを少し置いていたんですげと、今はないんですよ」と、ちょっと困った表情。しばらくして「何か食べたいなら、これ食べます?」と、カウンターの下からスーパーの値札のついた豆菓子を出してくれた。自分で食べるために買った私物だそうだ。東京の機械的な店とは違う人情に触れ、少しうれしくなった。食べ物とか酒の味ではなく、このようなふれあいが、最大の酒の肴なのだ。
「休みの日はどこに遊びに行くの?」と聞くと、
「最近若い子はみんな北谷にいきますね。米兵も北谷に遊びに行ってます」と、ちょっとさびしい答えが返ってきた。時代は変わって、現在は西海岸に面した新しいスポットが人気らしい。しかし、旅人である我々は、往時の「ゲート通り」の喧騒に思いを馳せながらゆっくりと酒を飲むのがおもしろい。
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