カクテルのテーブルサイドサービス

 かつて高級レストランに行くと、ベテランの給仕が、テーブルの脇で魚や鳥のローストを切り分けてくれた。そのエレガントで無駄のない手さばきが、大いに食事客の目を楽しませ、会話を弾ませたものだ。が、老舗レストランがぽつんぽつんと姿を消し始めた頃から、マンハッタンでもテーブルサイドサービスをあまり見かけなくなった。残っているのは、チーズやデザートのワゴンサービスくらいなものだ。
 それと同時に昔ながらのちょび髭とベストと白いエプロンが似合うウェイターもいなくなり、代って目を見張るほど美形のモデルや、俳優の卵が給仕をするようになった(いまはまたプロ志向に戻ってきている)。
 ところが先日、あるレストランで顧客と一緒に食事をしたところ、驚くことにテーブルサイドで、ミクソロジスト(バーテンダー)がカクテルをつくっているではないか。聞けば、この店では、肉、魚、コーヒーの他、ブルックリン名物の“エッグクリーム”(牛乳、炭酸水、シロップ)のテーブルサイドサービスも提供しているという。
 そこで早速、ミクソロジストを呼んでもらったところ、ウイスキーのボトルと、14、5種類のリキュール瓶を乗せたワゴンを押して、30過ぎの男性がやってきた。非常に折り目正しく、清潔感のあるのが店の格を思わせた。
 彼がテーブルでつくっているのは「マンハッタン」だけだというので注文しようとしたら、ドリンクメニューを手渡された。表には手描き風なニューヨーク周辺の地図、裏にはアイコンを並べたドリンクメニューが印刷されている。数えてみたところ、全部でアイコンは13あった。それぞれにニューヨーク周辺の町や通りの名前がつけられている。思わず笑ってしまったのは、例えば、ソーセージと肉屋の町“グリーンポイント”(ブルックリン)に、ソーセージのアイコンがついていること。子育て中の若い夫婦が集中して住んでいる“パークスロープ”(同じくブルックリン)には乳母車がついている。何とこのすべてが、「マンハッタン」のバリエーションだというから驚く。
 「マンハッタン」の材料は、ライウイスキーとスィートベルモットとビターだが、ライの代りにバーボンを使ったレシピも2つ入っていた。私は、ブルックリンの南にある“レッドフック”という町の名前がついたものを注文することにした。そのカクテルには、錨のアイコンがつけられていた(漁港がある)。材料は、ライウイスキーと、プント・エ・メス(ベルモット)と、マラスキーノ・リキュール。注文するとミクソロジスト(バーテンダー)が、熟練した技術で、ほのかに甘いルビー色の美しいカクテルをつくってくれた。
 すべて同店のオリジナルかと思ったら、様々な店のメニューを持ち寄ったものだという。開発者の名前を聞くと、いずれもその名を轟かすカッティングエッジなミクソロジストばかりだ。さすがニューヨークだけあって、イノベーティブなレシピを次から次へと世に送り出す、才能豊かなミクソロジストには事欠かない。
 この店の名前は、「イレブン・マジソン・パーク」。ミシュランから一ツ星をもらっている。が、創造性溢れる料理といい、手厚いサービスといい、二ツ星、三ツ星に匹敵する店だ。むろんワインのセレクションも、ソムリエの知識・技量も文句のつけどころがない。その上に、テーブルサイドで新感覚のカクテルをつくって、お客を喜ばせようというのだから、そのホスピタリティには脱帽する。
(たんのあけみ・NY在住)
2013年春号掲載

月刊 酒文化2013年07月号掲載