プラザホテルのフードホール

 20年も前になるが、酒好きの友達が言い出して、マンハッタンの老舗バーをはしごしたことがある。「マクソーリーズ」、「イヤーイン」、「アルゴンキンホテルのバー」までは、あたりの雰囲気に飲み込まれそうになりながらも何とか切り抜けられた。最もビビったのはプラザホテルの「オークバー」に入るときだった。85年に“プラザ合意”が開催されたあのホテルである。バーへの専用口は、セントラルパーク側に面していた。ところが、いざ入るとなると、敷居が高いというか、入りにくいというか、事実入り口のドアがずいぶん狭くて、中の様子を覗き込もうにもまったく見えない。
 それでも意を決して中に入ると、驚いたことに女性の案内係が立っていた。長年“メンズ・オンリー”だったと聞いていたから、男性のメートルディーが出てくるものと思い込んでいたのである。係の女性に「ご予約をいただいておりますでしょうか?」と聞かれ、シドロモドロになって答えながらも、「格式の高いホテルだと、バーでも予約がいるのだな」と変に感心したことを覚えている。
 その夜は結局入れず終い。懲りもせずその後も何度かトライしたが、空席がないという理由で一度も入れてもらえなかった。その100年以上の歴史を誇る「オークバー」が店を閉じて2年を数える。噂では、経営者と大家が賃貸料でもめたことが原因らしい。店も専用口も存在するが、いまだに営業は再開されていない。
 それに代って多くのグルメ客を惹きつけているのは、地階のフードホールだ。プラザは、3年前にセレブリティシェフとのコラボで、ヨーロッパ風なフードホールをクリエイトした(高級な“屋台村”と考えてもらってもよい)。それが当たり、昨年売り場を大幅に拡張。シェフが運営するオリジナルのフードホールを取り巻く形で、有名フードショップがブースを出し、さながらニューヨーク版デパ地下といった感じだ。
 顧客は、思い思いのフードや飲み物を買って、ホールの中央やエスカレーター脇に設けられたイートインで食べることもできるし、テイクアウトすることもできる。きちんとした食事をしたい顧客は、オリジナルのフードホールのほうに行って、オイスターやパスタやワインを注文し、案内されたテーブルに運んでもらうことも可能だ。
 昨年の再開店時に、久しぶりにオリジナルのフードホールに行って、新しく入れたパスタ機で作られたというフレッシュパスタとシーフード料理に舌鼓を打った。この店がいいのは、ほとんどのスタッフが、受け持ち以外のフードやワインに詳しいということ(日本なら当たり前だが)。さらにすべてが対面式になっているため、調理スタッフも接客技術に優れている。
 筆者が気になっていたのは、同店が始めた“ワイン・ロッカー”サービスである。ワインバーに28個のガラス張りのロッカーを設け、ワインに目のない顧客向けに貸し出したのだ。ロッカーの中には9本のワインが寝かせられるようになっていて、むろん温度調節されている。日本の“ボトルキープ”のようなものだが、お好みのワインとフードのペアリングを自分流に楽しめるとあって話題を呼んだ。それが今回行ったところ、同サービスは中止されたと説明された。差し詰めコンセプト倒れというところだろうが、気の向いたときにプラザの地階で、マイロッカーに入れた白ワインを出してもらって、生牡蠣やキャビアを味わうという密かな大人の楽しみがひとつ減ってしまった。
(たんのあけみ・NY在住)
2013年秋号掲載

月刊 酒文化2013年08月号掲載