アマゾンの三度目の挑戦

 歳末商戦に向けて米アマゾンが、ワインのネット通販事業立ち上げに向かって本格的に動き始めた。酒類が簡単にネットショップで販売されている日本や欧州にしてみれば、何をいまさらという感じだろう。が、ネット通販最大手のアマゾンが、過去に二度も失敗したと聞けば、なるほどそんなに難しいのかと驚かれる読者も少なくないに違いない。
 対岸の火事とはいえ、もし米アマゾンが本格的にワインをネットで売り始めれば、日本の酒、ウイスキー、焼酎メーカーにとって千載一遇のチャンスが訪れることは明らかだ。日本の食品メーカーにとっても大きな商機となるだろう。現に英国のアマゾンでは、日本酒と一緒に、みりんや醤油やだしの素や乾燥ワカメが全英に宅配されている。
 ワインネット通販最大手のワインドットコムは、オンラインでのワイン売上高は、全米売上高のわずか一%と推定する。カタログ通販も含むと、米ワイン製造業者が、昨年から今年七月までの一年間に、米消費者に向けて出荷したワイン数量はおよそ三〇〇万ケース。全米ワイン売上高が、前年比二・九%増だったのに対し、直販売上高は同七・二%増。明らかに伸びている。おまけに、ワインネット通販市場は、ほぼ手付かずの状態にある。というのも、アメリカの酒類販売規制があまりにも複雑だからだ。あのアマゾンですら手こずっているのである。
 問題は、禁酒法時代から連綿と続いている。いまだに 「コントロール・ステート」と呼ばれる州が一八もあり、州政府によって酒類販売網が完全に管理されている。管理されていない、例えば筆者の住むニューヨーク市でも、日曜日の正午を過ぎないと、ビール以外のアルコール飲料が買えない。日曜日は安息の日だからだ。同じニューヨーク州でも、郡によって日曜日の午前中にビールが買えない町もある。そういう郡を、「ドライ・カウンティ」、乾いた(禁酒)の郡と呼んでいる。
 コントロールされていない州では、三段階の税徴収システムを採用している。平たく言うと、製造業者は許認可を受けた卸業者にしか酒を売れない決まりになっている。そして卸業者は、酒類販売許可をもった小売店にしか酒を売ってはいけない。酒税の徴収漏れや、未成年の飲酒を未然に防ぐためである。むろん、ネットで注文を受けた酒類を宅配する時も、受取人が二一歳以上だと確認する義務がある。
 九月末に米アマゾンは、製造業者を招いて説明会を開き、同社のマーケットプレースでワイン販売を希望する経営者には、売価の一五%と月々の管理費四〇ドルを課すという説明を行った(発送はメーカーが行う)。小規模の製造業者にとって何よりも魅力的なのは、アマゾンのブランド力である。一日のビジター数にしても、小売店や他のネット業者のサイトと比べると、ケタが四個も五個も違う。顧客データも巨人と小人ほどの差がある。特にネットで売れているワインの過半数は、五〇ドル以上の高級ワインだ。それをケース単位で購入する優良顧客にリーチするためには、たまたま彼らがカリフォルニアを旅行中にワイナリーに立ち寄り、ワインが気に入って毎年何ケースも注文してくれるようになったという不可能に近い僥倖を祈るほかない。反対にアマゾンがワイン販売に成功した場合、米市場の七割以上を牛耳っている大手メーカーにとっては脅威となること疑いなしだ。(たんのあけみ・NY在住)

月刊 酒文化2012年12月号掲載