マッカリはどこで飲めるか

 韓国を代表する酒は何か。最近は日本人の間でも焼酎の「ジルロ(眞露)」が知られ、焼酎イメージが強い。とくに焼肉に甘口の冷えた韓国焼酎が合うため「韓国・焼肉・焼酎」となりがちだ。
 しかしぼくら古手のコリア好きは、韓国(あるいは朝鮮)というと焼酎より「マッカリ」だ。白っぽいいわゆる濁酒のことだが、韓国語ではより正確には「マッコルリ」と発音する。韓国人たちはこのほか「濁酒」の意味で「タクチュ」ともいっている。いかにも手作り、田舎作り風で土俗的だ。マッカリはエキゾティックというか、今風にいえばエスニックな風情があって異国イメージを満足させてくれる。
 だからソウルで日本からの客のなかには「ぜひマッカリを飲みたい」というのがいる。ところがこれが意外に困る。客を接待するような、それなりの料理屋にはマッカリが無いのだ。ましてやバー、クラブのたぐいには絶対に無い。それでも「飲みたい」という場合は、店の人に頼み込んで買いに走ってもらうしかない。
 では韓国を代表(?)する酒マッカリはどこで飲めるのか。
 一見薄汚く見える、メシ屋兼一杯飲み屋みたいな店だ。焼肉屋でも路地裏の小さな店の方がいい。あるいは店先にイスとテーブルを出し、簡単なツマミで酒を飲ませている小さなよろず屋みたいなところには必ずある。ジュースやコーラなどと一緒に冷蔵ガラスケースに入っている。料理屋で外国人のたっての願いで買いに走らされた時は、こういう店から買ってくるのだ。これはナゼだ。
 実はマッカリは発酵途中の未成熟の酒なため、いわゆる蔵出しの後、すぐ飲まないと酸っぱくなってしまう。保存がきかないのだ。だから店でも発酵が進まないよう必ず冷蔵庫に入れてある。そしてマッカリはきわめて値段が安いので、料理屋や飲み屋では利幅がとれない。つまり二次販売のところではたいしてもうけにならないのだ。
 保存がきかないから海外持ち帰りのお土産にはならない。最近、紙パックのがあるようだが、あれは発酵防止に相当無理をしているに違いない。お勧めする気にはならない。
 マッカリとはお座敷やしゃれたレストランなどで飲むものではない。若干オーバーにいえば、田んぼのアゼや工事現場などで昼飯時にドンブリでグーッと一気飲みするものなのだ。ワイシャツ、ネクタイ姿でマッカリを飲んでいる風景など見たこと無い。ただ田舎の結婚式などでは今でも出るようだが。
 ぼくのマッカリの思い出。今から三〇年前、初めて韓国に長期滞在したおり、知り合いに日曜ハイキングに誘われ、途中、田舎の農家(メーカー?)で仕入れたマッカリを昼飯の際、バケツ(!)で回し飲みしたのが鮮烈な印象として残っている。あれには驚いた。
 もう一つ。韓国が世界に誇る嫌悪食品である発酵させたエイの刺身は、在来式トイレを思わせる猛烈なアンモニア臭で珍味きわまりない。これは必ずマッカリでいただく。他の酒は化学反応(?)で酒がジュースのように甘くなってしまうのだ。不思議な発見だ。
 マッカリは白濁しているが、醸造の際にその上澄みをとったのを「トンドンチュ」という。澄んでいてより純度が高い。近年はこちらの方が人気で、いわゆる「民俗酒店」など比較的あちこちで飲める。豊かさの中で本来の濁酒マッカリは危機に瀕している。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2005年11月号掲載