韓国に晩酌はない?

 韓国の家庭に招かれて食事をよばれることがある。いつも戸惑うのは、すぐメシを食えメシを食えとせかされることだ。まず酒は出るのだが、すぐご飯が出てくるのだ。
 ところで韓国の食卓はひとりひとりに料理が出る?銘銘膳?ではなく、出された料理をみんなでつつくスタイルである。したがってテーブルには料理が盛られた皿がたくさん並ぶ。テーブルに隙間がないほど皿数が多いことが、もてなしの意味になる。そこでごちそうは「お膳の脚が折れるほど」などと表現する。
 逆に皿数が少ないといいかげんなもてなしになる。メシの際に皿数が少ないと怒った旦那が「えーぃ!」とお膳をひっくりかえすなどという場面も、昔はよくあったとか。テーブルに料理がたくさん並べばお膳は豪華になる。この豪華さは韓国食文化の美意識である。韓国料理も「目で食べる」という面があるのだ。
 およばれの際、たくさんの料理つまり「酒の肴」を前にぼくとしては当然、もうちょっと飲みたい。飲みながら多くの料理を味わいたい。しかし相手のご主人も奥さんも、酒を一杯飲むとすぐご飯を食べろとすすめるのだ。こちらの杯が空いているのについでもくれない。
 こいつはなぜか。韓国暮らしの当初は大いに戸惑った。韓国には食事の際のいわゆる「晩酌」はないのだろうか。
 韓国で発行されている「日韓辞典」の「晩酌」を引いてみた。韓国では「バンジュ(飯酒)」というとある。そこで今度は「韓日辞典」を引いてみると「バンジュ=食事の時に飲む少量の酒」と出ている。なるほど、韓国では食事の際に飲む酒は「少量」ということになっているのだ。
 韓国の食事で酒ではなくご飯をしきりにすすめるのは、ご飯(あるいは米のメシ)が重要だからだ。もてなす側はお客にご飯を食べていただいてこそもてなしたことになる、と考えている。だからもてなす側からすると、お客が料理をつまみながらぐずぐず酒を飲んでいるのは落ち着かないのだ。
 そこでおよばれ先に、失礼とは思いながら「なぜ食事の時にもっと酒を飲ませてくれないのか?」と聞いてみた。答えは「食事の後に飲めばいいではないか」だった。なるほど、韓国では基本的に料理と酒、あるいは食事と飲酒は分離されているということか。
 韓国人はしっかりメシを食った後、飲みに行く。焼肉でも鍋物でも刺身屋でもちゃんとメシが出て、それをしっかりおなかにおさめてから本格的に酒の席に移る。その結果、日本とは異なる酒と食の風景が見られる。
 たとえば以前にも紹介したが、ビアホールやビアガーデンなどビール中心のところでも午後九時以降が盛況となる。みんなメシを食ってからくるのだ。メシの後に生ビールというのもよくわからないが、それが韓国の酒文化(食文化?)なのだ。
 韓国人はメシを食ってから酒を飲むので、酒を飲んだ後、帰宅前にお茶漬けやラーメン、寿司屋でちょっと……といったことはない。韓国ではすし屋は早く店をしまうし、ラーメン屋もはやらない。日本人や日本帰りの韓国人たちがしばしば「日本風ラーメン屋」の営業に挑戦するも、なかなか成功しないのはそのせいだ。韓国では夜中に店でラーメンを食べる酔客などいない。
 韓国では食と飲酒は分離しているが、一方では密接に関係しているのだ。そして食ってから飲むので彼らは酒に強い。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2006年02月号掲載