男と女の酒の風景

 一九七〇年代から韓国社会をウオッチングしていて、大きな変化のひとつが男と女の風景の変化である。具体的には男が弱くなり女が強くなったことだ。韓国の男が弱くなったことは、いわゆる「韓流スター」たちの風景でも分るだろう。ソース顔の「優男(やさおとこ)」が増えたのだ。
 なぜ優男が増えたのか。ひとつは韓国社会も少子化が進んでいるからだ。各家庭で子供は多くてふたり、ひとりっ子も増えている。子供が少ないとママたちは子供をペットのように育てる。しかも韓国では「男の子優先」の男系思想が残っていて、男の子はさらに大事にされる。となるとかわいい、優男にならざるをえないではないか。
 それにもうひとつ、男は女によって作られる。女たちが弱い男、優男を好むようになったからだ。韓国の女、とくに若い女性たちはもはやマッチョ風でいつも突っ張って威張っていた伝統的な男は好まない。自分にかしずいてくれる優男の方がいいのだ。
 韓国には「公主病(コンジュビョン)」という言葉がある。「公主」とは「お姫さん」のことで、いつもおすまししながら「わたしはお姫さんよ」と世の中を自分中心に考えている若い女性のことをいう。この「病気」では、女は男にかしずく存在ではなく、逆に男をかしずかせる存在ということになる。
 ぼくはこうした「女性上位」は、一九八〇年代後半以降のいわゆる民主化時代によってもたらされたと思っている。女たち、とくに若い女性たちの間で「男女平等」そして「男何するものぞ」の雰囲気が広がった。
 ぼくはソウルの大学街である新村(シンチョン)に住んでいるので毎日、通りで学生たちとすれ違う。その際、行き交う学生たちから聞こえてくる話し声は、圧倒的に女性の声だ。つまり今や学生たちの間で大声で話しているのは、男ではなく女なのだ。
 以下が本題なのだが、その結果、韓国でも女性がよくお酒を飲むようになった。大学街やビジネス街のビアホールで女性がジョッキを傾け、焼肉屋で女性だけで焼酎のグラスを空けながら大声でしゃべっているなどという風景は、民主化以前の昔は見られなかった。
 韓国の酒にまつわる伝統的な「礼法」に、年配者や上司などの前で酒を飲む時は顔を横にそむけ、杯を手で隠すようにして空けるというのがある。家庭などでも子供は親の前ではこれをやる。実に奥ゆかしい。
 もうひとつ、女性は決して酒を注がないというのがある。日本では酒席で男女が一緒になれば必ず女性が男性にお酌をする。家庭では女房がお客さんにお酌をするが、韓国ではこれがない。いや、これはしてはいけないことになっている。
 韓国では、女がお酌をするのは飲み屋の職業女性がやることなのだ。いわば素人さんはそれをしてはいけない。しかし民主化でもこれは変わらない。いや、民主化=女性上位だからますますやらなくなった。とすると民主化で男女が酒席を共にする風景が増えた近年、お酌をするのは男ということになる。結果的にますます「コンジュビョン」がはびこる。
 しかも若い女性たちには、顔をそむけて杯を空けるという伝統的礼法の経験はない。男や年配者を正面に見据えてグイグイやっている。ぼくのようなオールド・ウオッチャーには風情のないことおびただしい。ぼくは近年、韓国の女性は魅力がなくなったと思っている。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2006年04月号掲載