漢方酒列伝

 昨年一一月、韓国の釜山でAPEC(アジア太平洋経済閣僚会議)首脳会談が開かれた際、韓国の「新酒」が紹介された。ホスト役の盧武鉉大統領が晩餐会の乾杯でこの「新酒」をふるまった。「千年約束」という銘柄の酒で以来、市中にも出回りそれなりに人気を集めている。
 大統領のお墨付きだから、いわば
 「宮内庁ご用達」だ。もっとも、盧政権嫌いにとっては目の仇で「あんなまずい酒はない」といった政治的評価もあるが。
 この酒は原料が一〇〇%コメというから、韓国でいう「チョンジョン(正宗)」つまり日本酒の一種である。何が新しいかというと、発酵させるに際し「桑黄(サンファン)」なるキノコの発酵菌を使っていることだという。したがって「薬効」として抗がんなど成人病にいいとか。
 ところで「桑黄」とは何か。あれこれ調べた結果、メシマコブではないかということになった。なるほど、抗がん効果があるということで近年、話題のキノコだ。
 メシマコブの菌で発酵させたアルコールを使った本格的な酒は、これが世界最初だという。韓国での話によると、日本でも開発はされたが市販の酒にはなっていないとか。
 APECの席でも盧大統領以下、韓国政府当局者はしきりにそんなPRをしていたが、各国の首脳にどれだけ分かってもらえたか。
 ところで味の方だが、アルコールは一四度でソフトな日本酒という感じだ。色合いはホワイトワインのようにかすかに茶色がかっている。心なしか漢方系の感じがする。飲みやすくてクセがないので冷酒にいいだろう。
 韓国は漢方王国である。中国以上かもしれない。そのため韓国では「漢方」とはいわず「韓方」といっている。両方とも韓国語では「ハンバン」という。近年、韓国社会で目立つナショナリズム現象だ。もっとも発音が同じなため、一般の人にはどちらでもいいのだが。
 韓国では漢方の医学部が正式にあり、漢方医も国家試験があって正式の医者になっている。薬局にも漢方薬がおいてある。韓国人は漢方薬が好きだということだが、そのせいか酒にも漢方系がたくさんある。
 漢方系の酒でもっとも人気のあるのが「百歳酒(ぺクセジュ)」だ。高麗人参をはじめ各種の薬草が一二種類も入っているとか。人気には「百歳酒」というネーミングも一役かっているようだ。「しっかり飲んで百歳まで長生きしてください」という意味だから、気分は悪くない。この酒はどこの店でも飲めるし、どこででも売っている。
 「百歳酒」には面白い飲み方がある。半分ほど焼酎を混ぜ「五十歳酒」として飲むのだ。「百歳酒」もアルコール度は一四%ほどで強くない。そこで物足りない向きは焼酎で度数を高めていただこうというわけだ。「五十歳酒(オーシプセジュ)」は結構、人気があってよくやっている。韓国訪問の折はぜひお試しあれ。ただ、これでは五十歳までしか生きられないかもしれないが。
 「五十歳酒」は焼酎の味をよくするという意味もある。その意味では一時、はやった「オイ・ソジュ(きゅうり酒)」も面白い。これは刻んだきゅうりを焼酎に入れて飲むというものだが、これが焼酎のクセを弱めかつ体にいいといって、一時は大人気だった。たしかに翌朝はすっきりするような感じだった。「オイ・ソジュ」の衰退は「五十歳酒」の流行と関係がありそうだ。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2006年06月号掲載