メクソロン割り

韓国を代表する酒の銘柄は焼酎の「真露」だ。日本で売られている輸出用は「JINRO」と書かれているが韓国語では「ジルロ」という。ところが韓国では今や「真露」は売られていない。その代わり同じメーカーの「チャムイスル」があり依然、人気が高い。
 「チャムイスル」とは「チャム(真)」と「イスル(露)」の合成語で、意味はこれまでと同じになる。韓国では近年、一種の言語ナショナリズムのせいで、商品名などにこうした漢字語ではない純韓国語を使うのがはやっている。
 ただ「チャムイスル」は音がリエゾンして「チャミスル」となるのでそう覚えておいたほうがいい。
 しかし年配の韓国人たちに言わせると「チャミスルよりやはり真露がよかった」という。甘ったるい半面、度数は二五度というあの味が舌に染み付いて忘れられないからだ。ちなみに「チャミスル」は二一度とソフトだ。世の中が豊かになると何でもソフトになるようだ。
 ボクは一九七〇年代からソウル暮らしを始めたが、「真露」の思い出というと「メクソロン」だ。あれは不思議な光景だった。当時、韓国人が飲んでいる焼酎の色がコバルトブルーだったのだ。透明なはずなのにナゼ? よく観察すると焼酎のビンに何やらドリンク剤のようなものを入れているではないか。聞くと「メクソロン」だという。
 後で分かったことだが「メクソロン」は本来は胃腸薬で、これを焼酎に混ぜて飲むと頭が痛くならず朝がスッキリなのだという。この胃腸薬の原産地はフランスと聞いた。それにしても胃腸薬を混ぜて酒を飲むとは、韓国人の酒文化のものすごさに感動(?)したものだ。
 当時の思い出でいえばもうひとつ、韓国人たちは焼酎を飲む時まず、栓を空けると最初の部分を少し必ず捨てるのだった。聞くとよくゴミが浮いているからだという。
 このことを考えると韓国焼酎も発展したものだ。「JINRO」など日本市場では最大のシェアを誇っているというではないか。
 ところで韓国焼酎の中でボクの好みは「チャミスル」よりも「山(サン)」だ。とくに味がどうというわけではないが、この銘柄の変遷が気に入っている。メーカーはビールの「OB」で知られる「ドゥサン(斗山)」。もともと江原道の焼酎だった「鏡月(キョンウォル)」を入手し、後に「グリーン」として売り出し爆発的人気を得た。
 韓国の焼酎に横文字の銘柄が登場したのはこれが初めてだった。一九九〇年代の初めだったと思う。また当時は韓国も社会的に?環境時代?の幕開けで「グリーン」はそのシンボルイメージといってもよかった。
 「グリーン」に刺激され今度は前述の「チャミスル」が漢字ブランドからのイメージチェンジで巻き返したのだが、「グリーン」も負けではならじと今度は逆に漢字名の「山(サン)」で勝負に出た。こちらも名前だけでなく「緑茶入りの焼酎」を売り物に結構、人気だ。
 「山」は飲んだかぎりではべつにお茶の味はしないけれど、緑茶ブームを背景に焼酎に?健康イメージ?を導入したあたり、これまた時代の産物という感じだ。韓国焼酎も時代の流れに沿って生き残りに懸命なのだ。二五度の大甘・焼酎「真露」になじんだオールド世代は「まずくて飲めねえ」といっているが、新韓国人たちにはソフトで健康的なニュー焼酎がいい。
(くろだかつひろ:産経新聞ソウル支局長)

月刊 酒文化2005年12月号掲載