ビールの国のカクテルビール

 ビールのあり方にこだわる国民と言えばドイツ人。その象徴が、バイエルン公国のヴィルヘルム4世が1516年に制定したビール純粋令で、ビールの原料はホップ、大麦そして水のみと定めた。それ以外の材料が少しでも混じっていればビールとは呼べず、現在でも厳密にはビールとして販売することができない。
 そんなビールの純粋なあり方にこだわるドイツにも、広く飲まれているカクテルビールがある。その代表的なラードラーは、ビールのこだわり派から「女、子供のビール」とされながらも、実は19世紀末からの長い歴史を持つらしい。
 地方によってラードラーを作るときにビールを割るソーダは異なるが、一般的にはレモネードとのミックスドリンクを指す。割合はビールとレモネードが5分5分なのが理想的で、喉が渇いたときには男性も好んでオーダーするカクテルビールである。カクテルと言っても、ラードラーはバーでお洒落に頂くものではない。居酒屋やカフェでも注文でき、家庭でも自分好みのレモネードを使って手軽に作ったり、最近はすでにミックスされている瓶入りをスーパーで買ったりすることもできる。
 実はこのラードラー、ある有名なビアガーデンの店主クーグラー氏がでっち上げで作ったドリンクだったという説がある。19世紀末に、元々保線作業員として働いていた若者クーグラー氏は、ハードな作業を共にする同僚のために、喉を潤すビールを運んでは売っていた。そのうちそちらのほうが本業となって、とうとうビアガーデンを開店。店を建てたクーグラーアルムという村は、ミュンヘンから15キロ離れた郊外で、当時から有名な観光地だったが、丁度第一次世界大戦後、自転車が大流行し、クーグラー氏が森の中にサイクリングコースをひかせ沢山のサイクリングを楽しむ人たち(ドイツ語でRadlerラードラー)で賑わった。なんと1922年の夏には1万3000人が同村に訪れたと言われ、クーグラー氏の店に喉を渇かせた自転車乗りたちが沢山ビールを飲みに来店。すっかり樽のビールが足りなくなってしまい困ったクーグラー氏は、ビールにレモネードを半分入れて薄め、「サイクリングでの帰宅途中に酔っ払ってしまわないようにって、皆さんのために考えたカクテルなんですよ」と、自転車乗りたちにラードラーを出したところとても有名になったのが始まりらしい。ちなみにこの辺りは現在でも人気のあるサイクリングルートであり、ドリンクのラードラーは南ドイツだけでなく、北ドイツでも有名になっている。
 そのほかレモネードの代わりにビールをコーラで割ったドリンクをディーゼルと言うが、これはこのドリンクの色がディーゼルに使う重油に似ているからという、これまた味気のないネーミング。地方によっては「汚れビール」、あるいは「灯油」とも呼ばれており、どちらもあまりうまそうとは言えない。それに比べ先ほどのラードラーのお話は、美味しい酒の肴にもなる面白い話しだけに、うそでも許せるといったものだ。
(たかもとみさこ:ベルリン在住)

月刊 酒文化2010年02月号掲載